第43話 茜の頼み事ー3
「おはよう悠人!」
ゲート前まで来ると、そこで悠人たちよりも早く到着していた早乙女茜が手を振る。
「おはよう茜。
すまん、待たせたか」
「ううん、全然。
リリスちゃんもおはよう」
彼女は赤銅色の髪を風に揺らし、背中にはリュックを背負っていた。
「おはようございます、早乙女茜さん。
今日も可愛いですね」
「えぇ!?
もう、リリスちゃんてば、褒め上手なんだからぁ〜」
「何をやってるの早乙女茜。
お世辞に決まってるじゃない」
「うおっ、神崎!?
姿が見えないと思ったらそんなとこに……」
神崎零華もぬるりと姿を現した。
ダンジョンゲートの後ろに立っていたようだ。
腰には刀が差してある。
髪は銀髪で、ポニーテールだった。
リリスとは異なる、透き通った碧眼で、悠人のことを見つめてくる。
齢15にしてA級に立つ探索者がそこにはいた。
自分の憧れの対象でもあった彼女が、今は、自分のパーティーに身を置いている。
未だ悠人は実感が湧いていなかった。
走りでここまで来たというのに、その顔に一切の疲れを感じさせない。
「──体の調子は大丈夫そうか、神崎。
あんな走ったりして。
怪我も酷かったのに」
悠人は、零華の腹部に目を向ける。
刺客の刃が突き刺さっていた位置───
「あぁ、問題ない。
走りも、あれはウォーミングアップだ。
本当に、何も問題はないさ」
零華が体をぷらぷらと動かして異常がないことを知らせる。
その顔には、笑みが浮かんでいた。
血色は良い。
さすが、A級探索者と言われるだけある。
「──問題はあります」
「……え?」
そんな中、リリスは口を挟んだ。
零華の笑顔が消える。
「……何、AI。
さっさと言ってみなさい」
「データと一致しません」
「データ?」
茜も不思議な顔をして耳を傾ける。
「マスターのデータと零華さんの装備のデータが一致しません。
データによると神崎零華はクマゴンのパンツを履いていました。
実際、昨夜の就寝中もズボンをこっそり下ろして隠したら、それを確認できました。
ですが現在は──」
「ああああああっ!
もういい、やめてくれリリスっ!」
悠人は慌ててリリスの口を押さえる。
「天野──
貴様のせいなのか!
こいつに何を吹き込んで……」
「ご、誤解だ神崎!
か、刀抜いてこっちに歩いてこないでくれっ」
「なぜ?
邪悪なモンスターを切り刻むのが私たち探索者の仕事でしょ?」
「悪かったって!
俺は人間だから、やめてくれ!」
「チッ──」
「あはは……」
零華が刀を再び鞘に収める中、茜は苦笑いを浮かべる。
「……ねぇ、リリスちゃん。
家で悠人と神崎さんに何かあった?」
悠人と零華が言い合っている間、ぬるりと茜はリリスに近づいて話しかける。
「いえ、茜さんのご命令通り。
神崎零華さんと、マスターの距離感が近づきすぎないよう、“調整”を行なったつもりです」
「そっか。
ありがとね、リリスちゃん♡」
茜は微笑む。
その後、満足げに悠人たちを止めに入った。
◇
「こほん、それじゃみんな、準備はいい?」
茜が二人と一体に呼びかける。
気を取り直して四人、ダンジョンゲートの前に並び立った。
「よし、行くぞみんな!」
「おぉ!
──て、あれ」
茜だけが悠人の呼びかけに答える。
零華とリリスは黙々とダンジョンの中へ足を踏み入れていった。
「神崎零華さん、あなたは興味深い人です」
「じっと見つめてこないでちょうだい。
この変態AI。
飼い主に似たのかしら」
「飼い主ではありません。
”マスター”、ですよ」
ゲートの奥からは零華とリリス声が聞こえてくる。
「ま、待てってお前ら!」
悠人も二人を追うようにして、慌てて足を踏み入れた。
「あはは、リリスちゃんやりすぎかも……
あとで緩めるよう言っておこ」
茜は誰にも聞こえない声でそう呟くと、先に入った三人の背中を追った。
リハビリと、リリスの試運転を兼ねた、ダンジョン攻略が幕を開ける。
◇
「──全員揃ったわね」
著名ギルド・ミーネスは、五つの支部と、600名の探索者、職員で構成されている巨大ギルドだ。
所属するA級探索者の数は7名。
B級探索者の数は、257名。
──S級探索者の数は国の命令により機密事項。
支部のうち一つは、只野学園高校付近にあった。
只野区公営ギルド施設の数室を貸切り、拠点としている。
「なんだよ、真昼間から呼び出して」
ミーネス所属、B級探索者の”田中”は、愚痴をこぼした。
臨時で設けられたその会議には、この支部に属しているB級探索者10名と、A級探索者が一名揃っている。
「要件はわかっているでしょう。
”内藤”が行方不明なのよ」
この場唯一のA級探索者・”斎藤”はその表情に怒りを滲ませつつ、ホワイトボードを叩いた。
「心配いらないって。
あいつ、B級探索者だろ?
この国はA級探索者──
中途半端な実力者になると、色々と税金の額も跳ね上がる。
だから、B級にとどめてるやつは多い。
少なくとも、ミーネス所属の大半はそうだ。
で、”内藤”は、A級クラス。
S級は逆に免除されるのが不思議だよなぁ。
……とにかく、B級にとどまってるA級探索者は多い。
もちろんこの俺も。
あいつは今も、どこかのダンジョンで楽しく“獲物”を貪っているよ」
「……もう三週間よ。
三週間も音信不通。
ありえないわ」
斎藤の言葉に沈黙が広がる。
「それもそうだな。
猿も木から落ちる。
事故ったって線が濃厚だ」
そんな様子に耐えかねて、B級探索者の”吉田”は腕を組みながら会議の進行を促した。
その顔に蓄えたモジャモジャの髭をさする。
「──それで、その様子じゃ、何か見当がついているんだろう?」
「……えぇ、早乙女茜よ」
「早乙女茜?」
「誰だそれ」
「あぁ、知ってる。
こないだ内定出したっていう、治癒魔法使いの”JK”だろ?」
吉田は笑みを浮かべる。
「そうよ。
内藤のやつ、彼女を狙っていたわ。
それでそれっきり、連絡がつかなくなっている。」
斎藤はホワイトボードに早乙女茜の情報が記された紙を貼り付け、ペンで叩いた。
「ぶははっ
JKに返り討ちにされたってことぉ?
ダサすぎでしょ。」
「笑っている場合?
仲間が殺されたのよ。
ミーネスのプライドが許さないわ」
「プライドなんてあんのかよこんなギルドに」
「プライドだけは、一丁前にあるじゃない。」
「それはそうだったな。
すまんすまん。」
斎藤は吉田を睨みつける。
「──本音を言うとね、上にただ、内藤という貴重な戦力の一つを失ったって、報告するわけにはいかないのよ。
そうすれば私の首が飛ぶ。
内藤に好き勝手させていたことも、他の奴らが私をこの支部長の座から引きずり下ろす良い口実に使うわ」
あたりに緊張が張り詰める。
先程までの軽口を叩いていた雰囲気は消し飛んでいた。
「あなたたちだって、これからも“ラフ“に探索者やっていきたいでしょう?
彼らは今、あのA級探索者の神崎零華と、何やらパーティーを組んでいるらしいのよ」
「何?
神崎零華ぁ?」
あたりにざわめきが広がる。
「『剣の女王』様だ。」
「機構も関わっているってことか?」
「それは噂に過ぎないでしょう?」
「でもよ、機構の職員と一緒にいるのを見たってやつは、かなり多いぜ」
「静かに!」
斎藤は机を両腕で叩く。
「彼らの”予約情報”はすでに入手済みよ。
彼らとダンジョン内で接触して、痛い目に合わせましょう」
「──殺すのか?
まぁ、この人数なら、神崎零華でも怖くはないけどよ……」
「違う。
あいつらのパーティーの登録メンバーは、早乙女茜、神崎零華に加えて、同じく高校生の天野悠人とかいうガキの三人だけ。
脅して、分からせて、“スカウト“するのよ。
このギルドに」
「はっはーそりゃ名案だな。
内藤とかいうゴミが消えて、将来有望な高校生二人をかわりに補充するってとこか」
「そういうこと。
天野悠人とかいう男子高校生が、なんで彼女たちと一緒にいるのかよく分からない。
けど、そんなことはどうでもいい。
あんなC級にも満たない探索者は殺して、彼女たちに対する見せしめににでも使いましょう」
「全く、恐ろしいねぇ我らのリーダーは」
吉田が笑うと、そこで全員が起立する。
ミーネス只野区支部の臨時会議は終了した。




