第41話 茜の頼み事
「……ジリリリリリリリ」
目覚ましの音が室内に鳴り響いている。
「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ」
「うーん……わかった」
「リリリリリリリリリリリリリリリ」
「───わかったってば
………リリス。」
「───リリリ……
起きてくださいマスター。
朝ですよ。」
渋々悠人は重い瞼を開けた。
すでに自分の顔を間近で覗き込んでいたリリスと視線が合う。
彼女の瞳の奥では、今も高度な分析の光が忙しなく輝いていた。
「おはようございます、マスター。」
ここ数日、彼女は頼みもしないのに、勝手に目覚まし時計の役割を買って出て起こしてくる。
「脈拍、呼吸共に正常の範囲内です。
口臭レベルは──」
「よ、よせって!
そんなところまで分析しないでくれリリス……」
悠人は勢いよく体を起こした。
いつもなら一人寂しく迎えるはずの朝。
ここ数日は、随分と賑やかなものに変わっていた。
夏休み真っ只中の現在、むさ苦しい蝉の合唱がすでに外から聞こえてくる。
「──おはよう、リリス。」
「おはようございます、マスター。
今日も最高ですね。
アホみたいな寝癖がイけてます。」
「そりゃどうも。」
ネクロスの刺客から不意の襲撃を受けて、数日が経過していた。
「今日はいよいよダンジョン攻略の日ですね。」
「……あぁ。」
病院は昨日無事に退院し、今日はリハビリも兼ねて、C級ダンジョンの攻略を行う予定だ。
「……リリス、これお前が作ったのか!?」
一階へとゆっくり降り、リビングへ向かうと、そこにはすでに豪勢な朝食が並べられている。
母親が亡くなって以来、ずっと食器棚に仕舞い込んでいた懐かしい食器もいくつか見えた。
「はい、そうですマスター。
家にあった料理本を用いながら、マスターに合ったメニューを作ったつもりです。」
「リリス……」
不思議と温かい涙が込み上げてくる。
自分で自分の料理を作るのが当たり前の日常と化していた。
そんな悠人にとって、朝起きたらすでにそこに朝ごはんが用意されているという光景は、随分と涙を誘うものである。
出来立ての朝ごはんが、白い湯気を立てていた。
それだけでも十分に感動ものだ。
美味しそうな香りが、悠人の鼻腔を優しくくすぐる。
本来ならば、いつもはその前の日の夕食の残飯を貪るのが常であった。
新しく調理している金銭的な余裕も、時間もない。
「ありがとう、リリス……」
「いえ、当然ですマスター。
ここにきてから数日、マスターの食事の栄養バランスが異なっているのが確認できました。
これから食事の管理は私に任せてください。」
「──それはありがたいし、頼もしいけど、流石にそれはあれだ。
……交代──
とか、一緒に作ろう。
お前は召使じゃない。
俺の家族だ!」
「マスター……」
悠人は愛おしさを込めてリリスのその小さな手を握る。
「うっ──!?」
リリスの頭脳は悠人の生成AIの知能をベースにして構築されている。
リリスと悠人の脳内は半共有状態にあった。
彼女に直接触れると、リリスの脳内の膨大な情報が、悠人へ一気に流れ込んでくる。
彼女のメンテナンスを行なったりするのには非常に便利な性質ではあった。
だが、そのことを忘れていた悠人は、不意に流れ込んできた大量の情報に思わずたじろぐ。
「大丈夫ですか、マスター。」
「……あぁ。」
「よ、よし。
とにかく、冷める前に朝食にしよう。
──それじゃ、神崎のやつも呼ばないとな。」
悠人は2階へと続く階段の方へ静かに足を向ける。
現在、神崎零華もこの家に一時的に居候していた。
幸い、この家には使っていない空き部屋が多く、母と父が使っていた部屋をリリスが、もう一つの空き部屋を、零華がそれぞれ使用している。
彼女はあれ以降、所属していた機構とは完全に縁を切ったようで、一度もネクロスとは連絡を取り合っていなかった。
夏休み中には新しい家を見つけて出ていくので、それまではこの家に居候させて欲しいと、彼女は言ってきている。
わざわざ断る理由は特になかったので、悠人は快諾した。
「ダメです、マスター。」
「……え?」
零華を呼びに行こうとする悠人の右腕を、リリスががっしりと掴む。
再び彼女の脳内データが激しく流れ込んできた。




