第40話 REAL・GENERATORー2
金属製の取っ手が壁に当たり、乾いた音が病室に響いた。
その音は、騒ぎ立てていた三人をようやく静止させる。
消毒薬の匂いが微かに漂う室内へ、突然差し込んできた外気が、先ほどまでの沈殿していた空気を一気に押し流していった。
「茜!」
視線の先に立つ彼女の姿は、記憶の中にある佇まいよりも、どこか強く、同時に脆そうに見える。
「悠人……
来てたんだね。
あなたがリリスちゃん──?
初めまして。
私、早乙女茜って言います!」
茜の視線が悠人からリリスへと移る。
その瞳は、相手の存在を確かめるかのように真っ直ぐ向けられていた。
「こんにちは。
早乙女茜さん。」
リリスは小さく首を傾け、淡々とした調子で挨拶を返す。
その声は機械的でありながらも、以前よりわずかに柔らかさを含んでいるように聞こえた。
茜は軽くうなずき、短い挨拶を交わし終えると、病室の奥へと視線を移す。
ベッドに横たわる神崎零華の姿を目にした瞬間、茜の肩からようやく力が抜けた。
胸いっぱいに吸い込んだ空気が震え、深い安堵の息となって吐き出される。
「よかった……
本当に、よかった。
神崎さんが助かって、悠人も……
みんな、みんな無事に戻ってきてくれて。」
言葉は途切れがちで、何度も喉を詰まらせながら、それでも確かに紡ぎ出されていら。
彼女の心からの思いが、その場に強く伝わってくる。
「悠人……」
茜は、包帯で覆われた悠人の手に気づき、躊躇するように一瞬だけ指先を止める。
そのあと、そっとその手を両手で包み込んだ。
茜の手は温かく、そして柔らかい。
悠人の体の奥底に溜まっていた疲労と緊張が、そのぬくもりによってゆっくりと溶かされていく。
数えきれない選択と後悔の末に辿り着いたこの場所で、茜の存在が、確かな現実としてそこにあった。
悠人は思い出す。
かつて茜が口にしていた言葉を。
誰かを救いたいという、あの揺るぎない意志の強さを。
先の一件を経たことで、その思いが彼女の心にさらに深く刻み込まれていることを、今、はっきりと理解した。
「ありがとう、茜。
……そして、ごめん。」
頭を下げ、はっきりと告げる。
すると茜は慌てた様子で首を振った。
「あ、頭を上げてよ。
……私も、悠人が色々と一人で抱え込んでいるのに、そんなことも考えずに、酷いこと言っちゃった。」
「そんなことない。
自分のことを卑下しないでくれ。
……茜は本当にすごいよ。」
悠人はゆっくりと顔を上げる。
まっすぐに茜を見据え、静かな声で言葉を続けた。
「……茜の魔法が、俺の意志を生み出してくれたんだ。
もう、データの奴隷じゃない。
これからも俺は、間違い続けるかもしれない。
けど、そのたびに学び続けるよ。」
「──うんっ。」
茜は満面の笑みを浮かべた。
ここまでの笑顔を見るのは、思えば随分とひさしぶりのことだ。
それこそ、ここ数年は一度も見た記憶がない。
本当に懐かしいと感じる、彼女の表情だった。
「それで、悠人。
パーティ組まない?」
「え?」
唐突な提案を受け、悠人は思わず目を丸くする。
「ほら、約束したでしょ?
改めて聞かせて。」
彼女の瞳は本気だった。
まっすぐに答えを求めている。
「……そうだな──
けど、いいのかよ、茜は。
大手のギルドにもう一度申し込んだ方が──」
「やだ!」
それは即答だった。
これ以上は有無を言わせないという、強い覇気すら感じる。
「私もどこまでもついていきますよ、マスター。」
そこへリリスの声が重なった。
「なぜなら、マスターは最高だからです!」
相変わらず色々と心配になる言動を見せるが、その瞳には確かな意志が宿っているように見える。
「なんだお前たち。
ず、随分と私抜きで楽しそうな話をしているじゃないか。
──入れろ。
私も入れるんだ!」
ベッドの上から響いてきた声は、少し掠れていながらも力強い。
神崎零華は上半身を起こし、必死になって自身の存在を主張していた。
「神崎───!?
……マジで言ってるのか?」
「あぁ!!
私を、パーティーメンバーに加えろ!!」
間髪入れず、強く、はっきりと返事が返ってくる。
まさに喰い気味の勢いだった。
「……それに、他人と関わることに、興味が湧いてきたんだ。」
「わかったぜ、神崎。
──へへっ、これはにぎやかなパーティになりそうだな。」
場の空気が一気に和らいでいく。
緊張と不安に満ちていた病室は、今や未来の話題によって満たされ始めていた。
リリスは静かに一歩前へと出る。
セピア色の髪がわずかに揺れ、理知的な視線が悠人へと向けられた。
「マスター、今回の戦闘データ、特に『概念的戦闘』のラーニングは完了しました。
我々の戦闘能力は飛躍的に向上しましたが、知識ベースはまだ不完全です。」
彼女の手のひらの上に、仮想の地球ホログラムが浮かび上がる。
淡い光が病室の白い壁に反射し、現実と非現実の境界を曖昧にさせていく。
「この世界における『概念の定義』や、『未観測領域』、 および『上位スキル』に関する知識が圧倒的に不足しています。
我々は、次なる脅威に対抗するためにも、さらなる”ラーニング”が必要です。」
差し伸べられたその手。
その動作は、単なる提案などではなく、未来への招待のようであった。
内容のすべてを完全に理解できたわけではない。
それでも、進むべき方向だけは、彼女の手からはっきりと伝わってくる。
「私の演算能力とマスターの意志ある創造力があれば、我々はデータの限界を完全に突破できます。
次のフェイズに行きましょう。
新しい知識と経験を求めて。」
悠人は改めて病室を見渡した。
かつて天野悠人は平凡な高校生に過ぎなかった。
力に溺れ、データに縋り、無力感に打ちのめされた日々の記憶が蘇る。
それでも、そのすべてが無意味だったわけではない。
失敗し、傷つき、考え続けた末に、重要なものを学んだつもりだ。
──”ラーニング”したのだ。
ベッドで静かに三人を見つめる零華。
胸を撫で下ろしている茜。
確かな意識を持ち、自らの手で生み出された存在であるリリス。
今ここに立つ悠人は、もう独りではなかった。
信頼できる仲間と共に、世界を理解するための真の知識の道を、彼は確実に歩き始めている。
「──ああ、そうだな」
悠人の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
その表情には、迷いの影などもう一切残ってはいない。
「俺は、最強のデータ収集者になるわけじゃない。
最強の武器を作るんでもない。
ただ、俺も使いこなして、”本物”になってやるんだ。
───本物の生成者……
”リアル・ジェネレーター”に。」
病室には、暖かい風が吹き込んできていた。
窓の外の青い空が、悠人のことを呼んでいる。
◇
(なんだ──これ……)
時は少し遡る。
悠人がこの病室の扉を開ける前、リリスにある確認を求めた時のことだ。
脳内には、とある”お知らせ”が響いた。
《スキルレベルが5に上昇しました。
半分に到達。
次のフェイズまで:5/10》
(スキルレベル……?)
脳内のスキルに問いかけてみても、返事は返ってこない。
その知らせは、ゆうとに知らせるものというよりかは、脳内に巣食うプログラムから漏れ出た、業務報告のようであった。
「リリス、わかるか、これ。」
悠人とリリスの脳内は、現在、脳内のAIをリリスの頭脳へしようした影響から、半共有状態にある。
リリスは悠人の脳内情報を改めて確認し、淡々と言葉を告げた。
「さぁ、わかりません。
ただ、字面どおりの意味でしょう。
マスターのスキルレベルが上昇したのです。
何か心当たりはありませんか?」
「心当たり……?」
悠人はこれまでの記憶を遡ってみる。
「生成の精度が──
わずかだけど上昇していたような……!?」
思えば、細かくラーニングしなくてはいけなかった初期の頃に比べて、だんだんと楽に生成できるようになっていたことを思い出す。
単なる知識の積み重ねがこのスキルを強化していくと思っていたが、どうもそれだけではないようだ
ただ、今も”ウイルス”の影響が残っているせいで、物理的な生成を行うことはできない。
そのため、レベルが上がってもあまり意味はないのではないかとも悠人は思う。
「次のフェイズ──
5/10ってあったけど、10まで上げたら、一体どうなるんだ?」
想像しただけで、全身を奇妙な寒気が襲った。
それは、天野悠人のスキルに示された、さらなる可能性の予兆でもある。
「さぁ、わかりません。
しかし、何か起こることは確かでしょう。
生成の精度が上昇しているという仮説が事実ならば、マスターは将来、さらに高次元なものを生成することができる可能性があります。」
「さらなる──
高次元のもの……」
期待よりも、今はまだ不安の方が大きい。
(とにかく今は、一歩一歩前を向いて進もう。)
「とりあえず、このことは俺たちだけの秘密な。」
「はい、マスター。」
そうして言葉を交わし終えた悠人は、ゆっくりと、病室の扉を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
一区切りついたので一旦完結済にしておきますが、続きをいつの日か投稿していく予定です。
面白ければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




