第29話 刺客ー3
「”スキルウイルス”だよ、ラーニング・ドッグ。」
ラーニング・ツーはほくそ笑む。
「いかに精巧な生成物であろうと、生成されたという事実が成立しなくなった。
これは直接的な妨害ではない。
君のスキルに直接忍び込ませたのだ。」
「……は?」
その言葉は、悠人の戦い方そのものを否定する宣告だった。
知識とデータがすべてだった悠人のスキルは、その瞬間、無意味な消費行為へと堕ちる。
(作った瞬間に消える?
じゃあ俺はどうすれば──
直接忍び込ませたってどういう……
よくわかんないけど、パソコンのウイルスみたいに、忍び込まれて、一生使えなくなったってことか……?)
絶望に揺らいだ一瞬を逃さず、ラーニング・ツーが対峙する三人の間に割って入った。
「確保を優先する」
鋭い体術が、悠人を拘束しようと迫る。
零華は義務をかなぐり捨て、悠人を守るために剣を振るった。
「させるか!」
「抵抗するのか、ラーニング・ゼロ!」
彼女の剣は、データでは再現できない、純粋な経験と実力の結晶。
しかし刺客たちは、それすら織り込み済みであるかのように冷静に対応していた。
連携で零華の攻撃をいなしながら、悠人の逃げ道を着実に削っていく。
リアル生成AIスキルという切り札を失った瞬間、悠人は何も出来なくなった。
(どうすればいい)
(どうしようもない)
目前の刺客を前に、自身のスキルは完全に無効化され、ただ傍観することしかできない。
できるのはただひたすらに、スキルが再び復活するのを待つことだけだった。
「……くそっ──
発動しろっ、発動しろよッ!」
悪夢でしかなかった。
自分を支えていた命綱が、いま目の前で断ち切られている。
リアル生成AIという切り札を頼りに知識を積み上げてきたものは、簡単に蹴り倒された。
再び”モブ”と化していたのだった。
「データが……
知識が……
通じない……」
それでも反射的に思考を回転させ続ける。
これまで積み重ねてきた戦闘経験と知識を総動員し、最善の一手を探す。
まずは対物生成を改めて行うことにした。
かつてゴブリンリーダーを仕留めた、超硬度チタン合金の短剣を生成しようと試みる。
命そのものを消費すれば、生成ができるかもしれない。
《エラー:生成に失敗しました。》
が、結果は光が収束した瞬間、青白い光が瞬き、刃が形を持つ前に消え失せていった。
存在は、最初からなかったことにされる。
過去の成功に縋ろうとしたが、失敗に終わった。
「っが──
はぁ……はぁ……」
残ったのは、途方もない疲労感のみ。
鼻血だけがぼたぼたと垂れてくる。
鼻血を拭い、次に試したのは、化学反応そのものの生成だ。
岩壁に付着する超粘着性爆薬。
物質になる前に起爆させる算段だった。
《エラー:生成に失敗しました。》
だが、それもまた生成という概念に属する以上、許されなかった。
化学式が完成する前に、空間から消滅する。
(ならば、固いものじゃなくて、もっと柔らかそうなものを!)
苦し紛れに、”視界を奪う高輝度の閃光と衝撃音”を生成しようと試みた。
しかしそれすら、生成スキルが生み出した物質を”生成”する以上、無効化の例外ではない。
《エラー:生成に失敗しました。》
青白い光が覆い尽くし、閃光も音も、全てなかったことになった。
「無駄だ、天野悠人」
絶望する悠人に、ラーニング・ワンかツーのどちらかが、淡々と告げる。
もう二人の区別はつかない。
まるで双子のように”統制”された容姿だった。
「ネクロス様が”生成”したこのブレスレットを装着することで、”スキル”を持たない我々も”スキル”を獲得することができた。
お前特化の、”生成無効化スキル”をな。
無駄だ。
お前に最適化されたスキルを我々は発動させたのだ。」
「スキルを生成……?
何を言って──」
冷たい汗が体を流れる。
「……俺以外にも生成スキルの使い手がいるってことか──?」
「あぁ。お前は決して特別ではないということだよ、天野悠人。
生成スキルが、お前だけの能力だと勘違いしていたのか?」
言葉が、冷たく突き刺さる。
どちらにせよ、このスキルは他にも使い手がいて、自分はそいつにしてやられたというわけだ。
「このスキルはお前のスキルに侵入し、コンピューターウイルスのように、お前の生成を自動で無効化し続ける。
お前の”スキル”は剥奪されたのだよ。」
リアル生成AIという力に支えられてきた悠人にとって、それは存在意義そのものの否定だった。
積み上げてきた錬金術の知識、集めてきた化学や物理の理論、零華から学び、血と汗で身につけたはずの剣技理論。
すべてが生成という出口を塞がれた瞬間、意味を失ったデータに成り下がる。
「……データが……
データが役に立たない……?
それじゃ俺はどう、どうすれば……」
声にならない呟きが、喉から零れる。
寄りかかるものを失った赤子のように、力無く地面に膝から崩れ落ちた。
今までの失敗には、まだ希望があった。
失敗したデータも学習し、次の勝利の肥やしに使う。
だが今は違った。
自分のこれまで積み重ねてきたデータそのものが通用しない世界に立たされている。
「天野! 落ち着け!
生成が使えなくても、体は動くはずだ!」
悠人が絶望する一方、零華は一人で刺客二人の猛攻を引き受けていた。
A級探索者としての実力は確かだが、二人の連携は緻密で、特にラーニング・ワンの俊敏さと、ラーニング・ツーの能力応用は予測を超えていた。
零華の叫びに、悠人は反射的に体を動かす。
「っ───
クソォぉっ!」
悠人は拳を握り、零華式の剣技をなぞるように反撃するが、そこに加速も補助もない。
純粋な身体能力とインストール済みの技術の動きだけがあった。
応用のない簡易的な動き。
その挙動は、即座に見切られる。
ラーニング・ワンに解析され、次の瞬間、ラーニング・ツーの鋭い足払いが決まった。
視界が反転する。
気づけば視界の先には地面があった。
「ぶぐっ──、
く”そ”っ”……」
「終わりだ」
「終わりだ」
体勢を崩した悠人に、ラーニング・ワンは狙いを切り替える。
「だるまにしよう。
手足を切り飛ばす。
ポーションを使えば出血は止められる。」
「賛成だ。
雑魚とはいえ、手足がついていると何かと厄介。」
ラーニング・ワンの手から、漆黒の刃のような概念が形を成した。
悠人目掛けて突き刺そうと、その刃を持った腕を素早く伸ばす。
悠人は避けようとしたが、間に合わなかった。
「天野!!」
零華が叫ぶ中、思わず悠人はその目を瞑った。
鈍い音とともに、刃は肉へと突き立てられる。
(……
───?)
やってくるはずの痛みがなく、恐る恐る目を開けた。
すると、そこには刃の切先がある。
すでに刃は目の前の”何か”に突き刺さっていた。
ギリギリ自分の眼前で停止している。
「神崎!!」
悠人は、神崎零華が身を挺して自分を庇ったことに気づく。
刃物が彼女の肉体を貫通していた。
白い戦闘服が無情にも赤く染まっていく。




