第22話 警告
神崎零華との緊張を孕んだ再会から数日。
天野悠人は、自身の能力を次の段階へ押し上げるために旧防衛訓練場へ通い続けていた。
鍛錬に励む中で、零華から投げかけられた
「データ依存は危険だ」
という忠告を、心の中で都合よく解釈することに決める。
彼女ですら否定できないほどの効率を示せば、その警告はやがて評価へと変わるはずだ、と。
事実、彼女は機構へ報告せず、事実上の黙認をしている。
その朝、悠人がいつも通り鍛錬に打ち込んでいると、零華がこちらをじっと見つめていることに気づく。
いつから見ていたのだろうか。
気配を全く察知できていなかった悠人は、驚きのあまり足をもつれさせ、地面へと倒れ込む。
「か、神崎──さん。
おはようございます。
……その、なんか気になることでもありました?」
彼女は、重厚な装甲に身を包み、細身の霊剣を携えていた。
通常のトレーニングでここまで重装備を纏う必要はないはずだ。
悠人は土を払いながら彼女の元へと駆け寄り、声をかける。
全てはデータ収集のためだ。
悠人は彼女の姿をリアル生成AIに記録させ、魔力残量や身体の状態、果ては精神面の傾向まで、可能な限りのデータを無言で拾い上げていく。
「おい、隙あらば人をスキャンするのをやめろ」
「あ、やっぱバレてる?」
「……私はこれから、ダンジョン攻略に向かうところだ。
今はただ、お前の様子を確認していただけだ。その成長具合をな。
安心しろ。
そのスキルを悪用しない限り、報告はしないでやるさ」
「……それはどうも。
ちなみに、神崎さんをスキャンするのは悪用に入りますか?」
「あぁ、確実にな」
「ひいっ」
有無を言わさぬ冷徹な視線に、悠人は慌ててスキルのスキャンを中止させる。
「よろしい」
「……それで、随分と装備がしっかりしていますけど、ダンジョン攻略ってどこに行くんです?
隣のB級ダンジョン『巨神の顎』ですか?」
「あぁ、そうだ。
初期層の調査任務でな。
では、時間が迫っているので私はこれで。
……まぁ、せいぜい励むんだな」
零華がダンジョンへと姿を消すのを見届けた後、悠人は自身の鍛錬へと戻る。
(B級か……。
今の俺にはまだ危険すぎる。
でも、うーん。
データを収集するには、これ以上ない素晴らしい環境だな)
B級ダンジョン。
そこで実戦を行う神崎零華。
再び彼女の後をつけてラーニングしたいという欲求が、悠人の内にふつふつと湧き上がってくる。
剣技の分析だけでなく、高ランクモンスターに対する弱点解析データの蓄積も可能なのだ。
だが、今の悠人は鍛錬によって体力をすでに激しく消費しており、装備も十分ではない。
結局、今回は断念することに決める。
あの存在感を消すパンツも、B級ダンジョンでは通用しない可能性が高かった。
鍛錬を再開する悠人の脳裏には、自分のパンツを一瞬で吹き飛ばしたあのダンジョンボスの姿が過る。
思えば瞬殺自体はできたものの、一歩間違えれば命を落としていたかもしれない危うい戦いであった。
(もっとだ。
もっと基礎となるこの肉体そのものを鍛えよう──)
悠人は木刀を今一度強く握り直すと、空気を切り裂く素振りを再開した。
◇
昼下がり。
待機所を包んでいた穏やかな静けさは、突如として鳴り響いた警報音によって無残に打ち破られる。
悠人は午前中の鍛錬を終え、待機所でシャワーを浴び終えたところだった。
「緊急連絡。
B級ダンジョン『巨神の顎』深部にて、Aランク探索者・神崎零華より救援要請!
モンスターの想定外の変異を確認!」
その場に居合わせたD級、C級探索者たちは、一斉に息を呑んだ。
剣の女王とまで称される零華が救援を求めるなど、誰も想像すらしていなかった事態だ。
無線を確認していたギルド職員が、声を震わせながら詳細を続ける。
「対象は硬質化したアイアン・ゴーレム。
本来ならばA級ダンジョンに出現するレベルの個体で、通常種を大きく上回る防御力を有しています」
「……なんでA級のモンスターがB級のダンジョンにいるんだ。
彼女が潜ったのは隣にあるB級のゲートだろ?」
待機所にいた探索者の一人が、困惑と恐怖の混じった声を上げる。
「どうやら一部の階層が、A級ダンジョンと接続されていたようです。
零華さんの攻撃が装甲を貫通できず、複数体に包囲されて消耗戦に陥っている模様──
持ち込んでいる装備の問題で、撃破が難しいようです。」
その報告を耳にした瞬間、悠人の背筋に電撃のような衝撃が走った。
(……あの神崎零華が、ここまで追い詰められているのか?)
悠人が驚愕すると同時に、リアル生成AIが凄まじい速度で状況解析を開始する。
神崎零華の剣術は、速度と精度に特化していた。
急所や防御の薄い部位を的確に貫くことで、圧倒的な戦闘力を発揮する型だ。
だが、その霊剣は本来、魔法的防御や生命エネルギーの弱点を狙い撃つ設計になっている。
一方、アイアン・ゴーレムは極端な物理防御を誇る無機質な存在だ。
弱点とされる魔力炉心や関節部も、硬質化によって容易には狙えなくなっている。
導き出される結論は明白だった。
零華の剣は、純粋な破壊力を必要とする重量級の相手には相性が悪い。
彼女の剣術には、硬い装甲を正面から叩き伏せるための決定的な経験が欠けているのだ。
悠人は、それを零華のデータの「盲点」だと理解した。
どれほど技を磨こうとも、戦術の偏りは完全な正解には至らない。
「……これは、好機だな」
救援という大義名分よりも先に、悠人の思考を占めたのは、この絶望的な状況を解析し、零華が持たない「答え」を提示することだった。
それを示せば、彼女は否応なく俺の能力を認めざるを得ない。
それに何より、不足していた実戦データの補完ができる。
悠人は即座に立ち上がり、戦地へ向かうための準備を始めた。
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