第23話 警告ー2
B級ダンジョンは、D級をようやく単独突破したばかりの悠人にとって、明らかに身の丈に合わない領域であった。
それでも、この極限状態こそがリアル生成AIに未知のデータを与えると、悠人は確信している。
(C級は後回しだ。
B級へ向かう。
鍛錬によって精神コストの残量も十分とは言えないが、データ取得を最優先する。
使えるリソースはすべて投入だ。
──神崎零華は、俺が救出してやる)
悠人は待機所を出て大急ぎで自宅へと戻ると、保管していた特殊合金のインゴットや高純度魔力石など、手持ちの物資を根こそぎ集めた。
そして、これまで蓄積してきた膨大な知識データを再構築していく。
「装甲を破る方法は……
爆発、振動、熱、酸。
どれも一長一短だな。
だが、ゴーレム相手なら、外側から闇雲に壊すのは効率が悪すぎる」
過去の探索者の記録、失敗談、半ば迷信じみた伝承、さらには前世のゲームの攻略知識まで。
あらゆるゴーレム関連データをリアル生成AIに流し込み、ノイズを排除しながら勝利の方程式を組み上げる。
「"対ゴーレム・弱点解析プログラム"の生成」
それは零華が積み重ねてきた経験則とは異なる、論理と情報の集合体から導き出された攻略法だった。
悠人は腰元に予備の短剣を生成し、残ったリソースで短時間用の移動速度強化ポーションを作り出す。
「待っていろ、神崎零華。
俺のデータでお前の常識をアップデートしてやる。
……そして、必ず認めさせてやるさ、俺の“データ”を」
悠人は独り言を呟きながら、急いでタクシーを呼び『巨神の顎』へと向かう。
すでにダンジョンの入り口には多くの探索者たちが集まっていたが、誰一人として足を踏み入れようとはしなかった。
何しろ、この場にいる誰よりも強い神崎零華が窮地に陥っているのだ。
只野学園高校の一件もあり、探索者たちは溢れ出してくるかもしれないモンスターを恐れ、入り口からじりじりと後退していく。
そんな中、悠人はただ一人、逆行するように入り口へと駆け出した。
データと可能性の山が、自分を待っている。
◇
B級ダンジョン・『巨神の顎』深部。
神崎零華は、硬質な装甲を持つ三体のゴーレムに包囲され、激しく消耗していた。
鋼鉄のごとき皮膚を持つゴーレムたちは、鈍重でありながらも一撃一撃が致命的な重さを持ち、確実に彼女の体力と魔力を削り取っていく。
零華の鋭い斬撃は幾度となく装甲を捉えるが、致命傷には程遠い。
剣先が弾かれるたび、火花だけが虚しく闇に散った。
「……っ、やはり、硬すぎる……!」
彼女の霊剣は、魔力や生命エネルギーの流れを断つことに特化している。
だが、目の前のゴーレムは純粋な構造体だ。
内部に明確な生命反応はなく、外殻も異常なほど強化されている。
このままでは、ジリ貧の消耗戦になるだけだった。
息は荒く、視界の端が疲労で僅かに揺れる。
魔力残量も、もはや予断を許さない。
撤退しようにも、このボスフロアは、ボスを倒さない限り、外側からしかフロアの入り口は開かない仕組みになっている。
「神崎!
ゴーレムの弱点データ、生成できたぞ!」
その時だった。
通路の奥から、この場に似つかわしくない少年の声が響き渡る。
零華が驚愕して振り返ると、そこには息を切らした天野悠人の姿があった。
肩で息をしながらも、その瞳には冷徹なまでの確信が宿っている。
「……天野悠人!?
どうしてここに来た!
今すぐ離れろ、ここはお前のような新人がいていい場所じゃない!」
「やだね。」
「は?」
「まぁ、大人しく聞いてくれ。
今の状況を解析して、完璧な対処法を組み上げたんだ!」
悠人は一歩も退かず、不敵に言い切る。
彼はギルドで仕入れた「特定の鉱物に反応する」という迷信に近い噂と、これまでに蓄積した物理解析データ、加えて、今目の前にいるゴーレムの分析データを完全に統合させていた。
「──生成開始。
”対ゴーレム・弱点解析プログラム”」
最適化された膨大な情報が、悠人の脳内を駆け巡る。
「……なるほど、『石英系の核』がある!
それが弱点だ!
まずは左から二体目のゴーレム!
足元──
その左膝、装甲の内側の、ほんのわずか奥を狙うんだ!」
「……本気で言っているの?」
零華は悠人の言葉に戸惑いを隠せない。
だが、彼の声には一切の迷いがなかった。
計算し尽くされた数値的な裏付けだけがそこにある。
「今の神崎──様の剣なら、届く。
……俺を信じろ!」
数瞬の沈黙の後、零華は覚悟を決めたように深く息を吸った。
「……分かった。
外したら、一生恨むわよ」
零華は残された最後の魔力を剣に集中させ、指示通りに最短距離で踏み込み、鋭い一閃を放つ。
刃はゴーレムの膝装甲を浅く裂いた。
通常なら、それで弾かれて終わるはずの攻撃。
だが次の瞬間、刃先が硬い芯を捉え、未知の衝撃が手元に伝わる。
内部の石英核を直撃したのだ。
低く唸るような異音とともに、ゴーレムの全身が激しい閃光に包まれる。
内部から激しい共振が巻き起こり、あれほど強固だった装甲がボロボロと剥がれ落ち、地面で砂のように崩壊していった。
「……嘘でしょ」
零華の目の前で、一体目のゴーレムが完全に機能を停止する。
「次だ!」
悠人は勝利に浸る間もなく指示を続けた。
「背中の装甲の継ぎ目!
もう一体は右腕の回転軸だ!
そこに構造的な歪みが集中している!」
零華はもう、一切迷わなかった。
悠人から投げかけられる座標と、自身の超絶的な剣技を完全に同期させる。
剣が奔り、装甲の隙間を正確にえぐった。
続けざまに、回転軸へと渾身の斬撃を叩き込む。
「頑張れ神崎っ」
「言われなくてもっ──!」
二体目、三体目のゴーレムも、同じように閃光を放ちながらもろくも崩れ落ちていった。
あたりに、静寂が戻ってくる。
零華は剣を下ろし、その場に立ち尽くしたまま、荒い呼吸を整えて悠人を凝視した。
「……あなた一体、何をしたの?」
その声は僅かに震えていた。
悠人は少しずつ落ち着きを取り戻しながら、淡々と、しかし誇らしげに答える。
「データだよ。
解析に基づいた、最も効率的な戦闘手順だ。
あんたの磨き抜かれた経験と、俺の情報処理を組み合わせた。
それだけのことだよ」
零華は言葉を失った。
確かに救われた、それは紛れもない事実だ。
だが同時に、目の前の少年が振るう力の「正体」に、背筋が冷たくなるのを感じていた。
今までに見たどの探索者とも違う、あまりにも異質で底の知れない力。
(私の想像を遥かに超えるスキルを、この少年は有している……。
これがもし、“ネクロス”に見つかるようなことがあれば──)
零華が険しい表情で見つめる中、悠人はそんな懸念も露知らず、高揚感に満たされながらゴーレムの残骸のさらなる分析を開始していた。
この勝利は、悠人に強烈な自負を与えていた。
(──やはりデータこそが、あらゆる困難に対する最適解を導き出す。)
その確信が、彼の中で不動のものとなっていく。
◇
硬質化したアイアン・ゴーレム三体を討伐してから、およそ一時間後。
天野悠人と神崎零華は、重い疲労を抱えたままB級ダンジョン『巨神の顎』から地上へと帰還した。
ゲートから這い出すようにして出ると、すぐそこにはギルドの職員たちが慌ただしく、かつ物々しい雰囲気で何人も待機している姿が目に入る。
「……まずいな」
悠人は小さく呟く。
そこには、自分たち二人の帰還を今か今かと待ち構えている、厳しい表情の職員たちの姿があった。




