第16話 侵入者ー3
「ちょっと、起きなさいよ。」
「……え?」
悠人は顔をあげた。
顔に何かが張り付いている。
手で拭うと、鼻血が乾いたものだということが分かった。
乾き始めており、ポロポロと一部が剥がれて落ちてゆく。
「……なんで戦ってもないのにさらにボロボロになっているの。」
視界の先には、全てを終えた神崎零華が立っていた。
どうやらラーニングに脳が耐えきれず、そのまま失神してしまっていたようだ。
「は、あはは……。
とにかく、ありがとう……」
「──は?」
「……助けてくれたんだろ?」
「違うわよ。
──まぁ、いいわ。
全部終わったから、あなたもさっさとここを立ち去りなさい。
死体は放置しておいて大丈夫。
すぐに沸いたモンスターに食われて、次の探索者がここへ来る頃には、跡形もなく消滅しているわ。」
「……そうか。
分かったよ」
彼女はさっさと何事もなかったかのようにダンジョンを引き返していった。
彼女の姿が悠人の視界から消えると、代わりにダンジョンの壁のそばに切り捨てられた、“それ“が目に入る。
無惨に真っ二つにされた死体。
悠人はスキルを起動し、学習のログを調べた。
どうやらスキルの発動から、男がトドメを刺されるまでは、きちんと分析できていたらしい。
神崎零華がスキルを使用した痕跡はどこにもなかった。
(……え?
まさか、普通に斬って倒したのか……?)
徐々に頭が冷めていき、明らかになっていく真実に、悠人の目が開かれていく。
すでに神崎零華の姿はなかった。
洞窟内は、静寂が支配している。
(これがA級探索者……。
それとも、神崎零華のスキルは、何か放ったりするものではなく、肉体を強化したりするタイプのものなのだろうか。)
悠人は静かになった男の死体を見つめる。
学習はまだ終わっていない。
この男に残された傷からも、彼女についてまだ情報を拾うことができる。
震えるその足でなんとか立ち上がると、学習を再開した。
コストはまだ残っている。
(よし、いけるな。)
右手をゆっくりとあげた。
腕の先には、零華が斬り裂いた男の死骸が転がっている。
その切り口は、まるで超高熱のレーザーで焼き切られたかのように滑らかだった。
男の頑丈な装備や皮膚が、魔力によって完全に蒸発させられたような痕跡が残っている。
──魔力。
スキルと同じように、一部の人間、一部の探索者たちの中で、そのようなエネルギーを体内に保有するものがいる。
魔力を持っている人間は、それを消費して、常人とはかけ離れた動きが可能だ。
《 現象: 剣による物理的切断力+高密度な魔力による『概念的破壊』。》
《結論: 零華の剣術は、ただの剣技ではなく、「魔力操作」と「剣技」を一体化させた複合技術によるものである。》
《1. 魔力生成源の特定と測定:
神崎 零華のスキルは、特定できません。
ただし、魔力生成の強化を行っており、それが彼女のスキルと関連していると思われます。
彼女の呼吸、心拍、剣を握る右手の筋肉の微細な緊張と連動して、体内のコア(核)から湧き出ているのが確認できます。
その流動速度をナノ秒単位で記録しています。
これよりさらに細部の分析を開始します。
解析開始・・・》
《解析結果:魔力生成速度(MPR)は、一般的なA級探索者の約1.5倍。
驚異的な基礎性能。》
《2. 流動パターンの解析:「マナ・ルーティング」:
彼女の魔力は、体内の魔力経路を通る際、通常の探索者のように一律に流れるのではなく、まるでデジタルデータのように、必要な箇所へ「圧縮・転送」されています。
突進を受け流した直後のカウンターでは、魔力の90%がわずか0.01秒で右腕から剣先へ移動。
残りの10%は、脚部の5%を消費して踏み込みを強化し、背筋の5%を「反射的な防御膜」として展開しています。》
(なんだ?
スキルで肉体とか剣を強化でもして戦っているのかと思ったけど、さっきのは魔力で強化しただけの動きってことか?
あれで?)
《───彼女は、魔力を演算データのように扱っているようです。
単なる剣の技術ではなく、まるで極限まで最適化されたプログラムのようです》
《3. 集中から解放へのプロセス:「魔力強化の刃」:
最も重要なのは、剣が魔物に当たる瞬間の挙動。
魔力は剣の『表面』ではなく、刃の『原子配列の中』にまで浸透し、「斬撃」を増幅させていた。
生成AIによるシミュレーション:
「通常、魔力が物質に触れると、熱エネルギーか運動エネルギーに変換される。
だが、神崎零華の魔力は、『物体同士の結合力』を一時的に原子レベルで解除する効果を発揮している。
まるで、『空間ごと斬っている』かのような…。」》
《警告:【生成AI:ラーニング】の知識貯蔵容量が飽和状態に近づいています。》
《現在の知識コスト:98%。
これ以上の新規データ取得は、一時的な精神機能低下を引き起こす可能性があります。》
悠人は、冷たい床に膝をつき、激しい頭痛に耐える。
目の奥が焼け付くように熱い。
《続行しますか。
停止することもできます。》
「……ふざけるな。
ただの『データ処理装置』で終わってたまるか。
俺はこの手で守りたいと思ったものくらいは、守れるくらいの力を手に入れるんだっ」
スキルが持つ圧倒的なポテンシャルに歓喜しながらも、その限界を悠人は改めて強く意識する。
先ほどから、いくらデータ化しても、相変わらず一部のデータ───
彼女の隙のなさは、取り込めない。
彼女の周りにまとわりついている、
"勝利への執念"のような、重い空気がいつまで経っても分析できない。
だが、体は限界を迎えていた。
「っ───!?」
先ほどの割れるような頭痛が再発する。
再び鼻血が垂れてきたのも確認すると、泣く泣くこの魔力操作の解析を最後に、ラーニングを中断することに決めた。
潮時だ。
もうある程度のデータはすでに分析し終えている。
十分なデータが、大体手に入っていた。
(──ここまでだな。)
悠人は体の向きを変えると、まだポーションが落ちていないか、あたりを探し回った。
「……あった。」
悠人はダンジョンの隅に落ちていたまだ蓋の開けられていないポーションを手に取ると、一気に飲み干す。
だいぶ体が楽にはなった。
(──さて、これで一応、零華の剣技の大半はインプットされた。
後は、残った体力でこれを『生成』して、俺の身体にインストールするだけだ。)
データが不十分だった場合、無理をしてでも男の死骸からまだ採取できていないデータをラーニングしなくてはいけない。
悠人はこの場で生成を始めた。
「……頼むぞ───」
脳内では、零華の剣技のほぼ全てのデータ───
型、防御、カウンター、魔力操作など──
が、美しい青い光を放ちながら回転している。
次なる目標は、この膨大なデータを基に、「零華式・基礎剣術(模倣)」なり、なんなりを生成し、とにかく自分の体に取り入れることだ。
これにより、一気に成長の階段を駆け上がる。
(──これが成功すれば、あのA級探索者の力をものにすることができるぜ……)
《ラーニング・フェイズ:完了。》
《次のステップ:【零華式・基礎剣術(模倣)】の生成と習得へ。》
悠人は、改めて辺りを確認した。
問題はない。
”「知識や経験の積み重ねがなきゃ、本当の強さを得ることはできないんだよ?」”
早乙女茜のあの言葉が、頭の中を反復している。
今までさまざまなデータ──
知識や経験を採集し、いろいろな道具を作ってみたものの、それでは臨機応変さに欠けた。
少しでもデータが足りないと、すぐに生成物はガラクタと化す。
故に本体である、悠人自身の能力を底上げすることがまずは重要だった。
ゴブリンリーダーとの戦闘で、生成物による撃破をしたが、それではダメだ。
全く再現性がない。
複数の相手にも対応できない。
本体である悠人自身にある程度の能力があれば、撃破はできずとも、茜を逃すまで時間稼ぎをすることはできただろう。
本物のデータが必要だった。
断片的なものではなく、ある程度応用が効く、すでに一連の動きを含んだもの。
”ラーニング・モデル”だ。
今、悠人はその理想のラーニング・モデルの一つである、剣の女王・神崎零華の戦闘データを手に入れていた。
もっと良い異名はないのかよと内心思ったものの、今はそんなことなどどうでも良い。
「【零華式・基礎剣術(模倣)】を生成、インストールしろ!」
《生成、インストールします。》
「っ───!!」
悠人は一瞬の頭痛に襲われる。
先ほどから頭痛続きで、何度も傷口を掘り返されているかのような感覚だった。
《インストールが正常に完了しました。》
「──はぁ、はぁ……
ハハ……
やった、やったぞ!
成功──
したんだよな……!?」
脳内で、インストールした零華の戦闘データがシミュレートを始めている。
(恐ろしい……
このデータ量が持つ意味は……)
データにより、神崎零華は幼少の頃から剣術に打ち込み、血の滲むような努力の末にA級最強と謳われる剣士となったことが感じられた。
今までの情報から、彼女は大したスキルを持っていないことが察せられる。
魔力による身体強化だけであの高みに上り詰めたことが、ひしひしとそのデータの内容から感じ取ることができた。
その彼女が高みに登るために積み重ねた歳月を、今、一瞬の「生成」で悠人は手に入れようとしている。
その事実に今更罪悪感のようなものが湧き始めてきていた。
(もう決めただろう。
そもそも、別に悪用するわけじゃない。
彼女と同程度の戦力が増えれば、社会にとっても有益だろう。)
悠人は感情を潰すように、その拳を強く握りしめた。
(あの時の無力感を繰り返すくらいなら。
同じ人間にむざむざ殺されるくらいなら──!
俺はっ、泥臭くてもこの力を利用してやる。
───これが俺に与えられた”スキル”なんだ。
これが神が俺に与えた──才能なんだっ……!)
悠人は男の吹き飛ばされた右腕へと近づく。
その右腕が掴んでいる短剣を拾うと、悠人はその剣をまだ痛むその両腕で構えた。
(………これは──!)
構えに一切の迷いがない。
自然と体が何をすべきか分かっていた。
足は自然と零華における理想的な間隔を保つ。
腰は大地に根を張ったかのように安定している。
短剣を持つ手首の角度、肘の曲がり具合、体幹の微妙なねじれ—─
全てが、最も効率的で、最も威力を発揮する”正解の形”を感覚で知っていた。
悠人の脳内に今まで感じたことのない快感が押し寄せる。
「はぁっ!」
短く息を吐き、短剣を振った。
その一振りは、訓練も受けたことのない素人が振るうものでは決してなかった。
風を切り裂く音は鋭く、軌道は驚くほどに真っ直ぐだ。
力を無駄なく伝達する零華の技術が、完璧に再現されているように見える。
繰り返される悠人の動きは、以前の素人とは比べ物にならないほど洗練され、無駄が削ぎ落とされていた。
その姿は、まさに先ほど目撃した零華の斬撃の様子に限りなく近い。
(はは──
すげぇ──
成功だっ!)
悠人は決意する。
この後、数日間に渡って、ひたすらにそのインストールされたデータを、自身の肉体に馴染ませる作業を繰り返すことを。
(……今はこれが俺の力───
夢でも見てるみたいだぜ。)
ダンジョンを出る前に、悠人は男の短剣をコストに、新たな短剣を生成した。
男の遺品を悠人が持っているのを見られると、色々と面倒なことになるだろう。
悠人は最後に、短剣を今一度、片手で振った。
振り終わった後、遅れて音が聞こえてくる。
風がさらに遅れて発生した。
その瞳に、もう以前の無力感など存在してはいない。
代わりに、圧倒的な成長への確信が宿っていた。
「さぁ、行くぞ。
次はD級ダンジョンだ。」
悠人のその瞳には、学校に出現した、あのD級ダンジョンの姿が浮かんでいた。




