第15話 侵入者ー2
唖然としていた悠人は、視線を地面へとずらす。
回復用のポーションは複数生成して持ってきていた。
(──あった。)
地面へ転がっているそのポーションを震える左手でなんとか開けると、今度こそ悠人はその液体を体内へと流し込む。
痛みが若干和らいでいく。
それと同時に、左手で右肩に突き刺さっていたナイフを勢いよく引き抜いた。
グチョリという思わず耳を塞ぎたくなる音と同時に、ごつりというなんとも言えない音が体内に響く。
鳥肌が立っていた。
「はぁっ──
はぁっ──」
剣戟が悠人の視界の先では続いている。
右肩が痛い。
ろくに右腕が動かせない状態に変わりはなかった。
(ポーションだ。
まずはもう一本……
いや、もう三、四本生成して──)
(……違う。)
(データだ。)
痛みが多少おさまったことで、スキルが先ほどから零華と男に反応していることに悠人は気づく。
目の前には、悠人が欲していた、"生のデータ"があった。
F級ダンジョンではろくに手に入れることができないと分かった生のデータ。
逆に自分が簡単に現時点では手に入れることができないと感じていた、A級探索者・神崎零華のデータ。
欲していたものが、想像以上に良質な状態で、そこにはあった。
「くっ──
カハハッ……
そうだな──
残りのコストは、全部ラーニングに使わせてもらうぜ。」
悠人はポーションの生成を中断する。
代わりにその視線を、戦いを繰り広げている二人へと向けた。
向けるや否や、ディープ・ラーニングスキルを発動させる。
(ぐっ──)
やはり分析は弾かれる。
スキルは分析不能と叫んでいた。
(……なら、これならどうだ──!)
悠人は、”神崎零華全体”ではなく、彼女の”斬撃”を対象に、まずは分析先を絞った。
目では追えない速度。
気づいた時には別の場所に移動している刀。
しかしスキルは、その斬撃を捉えることができていた。
《ラーニング中……》
《解析データ:『神崎零華式・基礎剣術:初動(I-A)』を検出。》
《物理法則との照合:完了。》
《不足データ:『経験的要素(魔力操作・意識・練度)』。精度60%で仮保存。》
(よしっ──
いけるぞっ
一気には無理でも、“要素”を分解して少しずつラーニングしていけばいいんだッ)
悠人は貪欲に、瞬きすらせずに、その戦いを見守った。
“生のデータ”が次々と流れ込んでくる。
それはまさに、悠人の中に広がる荒野が待ち望んでいた、恵みの雨であった。
傷など後で直せばいい。
このまま彼女の全てを、できる限り学習し尽くす。
自分がしばらく動けなくなっても、心配はいらない。
どう足掻いても、どちらが勝つかはすでに決まっているのだから。
殺される心配はもうなくなった。
◇
《1. 敵の攻撃データの入力と処理:
* **魔物体積と質量($M$):** 推定$800 \text{kg}$。
* **突進速度($V$):** $30 \text{m/s}$。
* **運動エネルギー($E = 1/2 MV^2$):** 零華が受け止めた場合の衝撃力を試算し、即座に**「人間には受け止め不可能」**と結論。
* 《解析結果:攻撃の**完全無力化**には、攻撃を**『逸らす(デフレクト)』**か、**『無力化可能な部位を破壊する(カウンター)』**の二択。》
戦闘が続いていた。
しかし、初めは勢いの良かった男も、零華の斬撃に耐えかねて、だんだんと防戦に回り始めている。
データはさらに変化しながら脳内へと送り続けられていた。
コストとして蓄えられる量は決まっている。
悠人は適宜優先度の低い過去の学習データや、重複する情報を削除しつつ、学習を進めた。
斬撃、腕の動き、足の動き、呼吸、視線。
要素を適宜分解しながら、パズルをはめ込むように学習を続ける。
瞬間、男の腕がはじけ飛んだ。
「あがぁ“っ“──
このっ──」
男の刃物を持っていた腕は、利き手で間違いないだろう。
しかし、男はそれでも戦闘を続けた。
衣服の下に隠していた刃物を左手で取り出すと、大きく後ろへと飛ぶ。
男は短剣を構える。
隙のない構えだ。
あくまで悠人にとってだが。
男は息を切らし、右腕から血液を垂れ流していても、その戦闘の体制を解除することはない。
(──これが実力者同士の戦い……)
悠人自身は、多少の傷で、この男との戦闘意欲を消失してしまっていた。
その事実を思い出し、恥じる。
この男の貪欲な勝利を諦めない“執念”だけは、見習わなくてはいけない。
スキルの分析の結果は、相変わらず意味がよくわからかった。
だが、こういった事実だけは悠人も理解し、学習できている。
《* **2. 零華の反応時間:**
* 零華が動いたのは、男の刃が彼女の顔面から**わずか$30 \text{cm}$の距離**に達した瞬間。彼女の**純粋な反応時間**は、悠人の計測によれば**$0.02 \text{s}$**を切っていた。これは、人間の生理学的限界とされる$0.1 \text{s}$をはるかに下回る、**データ上の「理論値」**に迫る数字だった。》
《* **3. 最小限の動きで受け流す技術:**
* 零華は、剣を振るのではなく、**左足の踏み込み**と同時に、剣の側面で男の突進の**『軌道の中心』**を**わずか$5^\circ$だけ**外側に弾いた。この動きは、まるで風で木の葉が揺らぐような、**最小の動作**だった。
* 【生成AI】の計算:**$5^\circ$の軌道変化**により、男の突進力は零華の身体を掠めることなく、通路の壁へと叩きつけられる。物理的な衝撃エネルギーの**$99.8\%$**が、ダンジョンの岩盤に集中した。》
《* **4. 瞬時のカウンターへの移行:**
* 突進を壁に叩きつけた直後、零華の動きは途切れない。彼女の身体は、受け流した際の**反動のベクトル**を、次の動作のための**加速力**として完全に利用した。
* 彼女は、**右回転**の勢いを残したまま、既に剥き出しになった男の**脇腹(皮膚が薄く、魔力の保護層が切れやすい部分)**へ、最短距離で剣を逆手に突き入れた。それは、男が体勢を立て直すための**『コンマ$0.1$秒の予備動作』**を完璧に潰す、**『絶対的な間合い』**への介入だった。》
「ッ…!」
戦いが先ほどよりも激しくなる。
男が再び攻勢に転じたようだ。
脳内に膨大な数のデータが流れ込んでくる。
悠人は鼻血を吹き出した。
心臓の音がうるさい。
頭痛も酷かった。
(──脳みそが爆発する……!?)
《データ分析:『神崎零華式・防御とカウンター(II-A)』を検出。》
《効率性:**100%**。無駄な動作の検出:**0**。》
《不足データ:**『予測判断(危険察知)』**。精度**75%**で仮保存。》
(俺のスキルは、彼女の『動き』をデータとして取り込んだ。でも、彼女が**なぜそのタイミングで動けたのか?** なぜ、**$30 \text{cm}$**という極限の間合いまで引き付け、その後に**$5^\circ$**という最小角度で弾くことを**『瞬時に決定』**できたのか?)
スキルが意識にまで侵食し、勝手に考察を始めた。
それでも悠人は中断を躊躇う。
このようなチャンスは二度とこない
(まだだっ──まだっ──
まだ……)
突如脳内に引き裂かれるような痛みが走り、悠人は学習を中止した。
胸と口の部分が不自然に暖かい。
鼻血が滝のように流れ落ちていることがわかった。
(くそ──)
悠人は再び顔をあげ、スキルの停止した視界で、二人の戦いをその瞳に焼き付ける。
精度は多少落ちるが、記憶を元に後から分析することも可能だ。
決着が間もなく着こうとしていることが、悠人の肌でもひしひしと感じられた。
「ぬっ──おおおおおおお“お”お“お”お“お”お“ッ
こんなところでっ
死んでたまるかぁあッ
俺はまだ、犯したりねェッ
こんな薄暗いところで、惨めに死んでたまるかァアアアァ“ア”ァッ!!」
男の怒号が、ダンジョン内に響き渡る。
悠人の肌はビリビリとその男の殺気を感じ取り、全身の毛が逆立っていた。
その男の発する殺意も、性欲も、間違いなく“本物”だ。
本物にしか出せない気迫が悠人の全身を襲う。
「スキル発動ッ」
男は左腕を掲げた。
そうだ。
まだ目の前の二人はスキルすら使用していなかったのだ。
すぐに使用しなかったのは、何かしらの理由があったのだろうか。
レベルが何もかも、今の悠人には高すぎた。
ただ目を見開き、データを収集することが精一杯。
悠人はスキルを再び起動し、戦いのフィナーレのラーニングを開始した。




