第10話 神崎零華
病院のベッドの上で、悠人は右手の平をじっと見つめる。
手のひらの中には、ゴブリンリーダーの急所を突いた、超硬度チタン合金製・短剣を生成した残響がまだ残っているようだった。
なんでも生成できるチートスキルを手に入れた───
そう少し前までは思っていた。
知識とリソースさえあれば、どんなものでも生み出せる、万能の切り札だと。
しかし、その“切り札”は、己の全コストを使い尽くし、自分自身を行動不能にした。
何より、茜は運よく助かっただけで、悠人自身が、彼女を救えたとは言い難い。
(──これは敗北だ……)
悠人は、脳内の【リアル生成AI】を起動させた。
静寂な病室に、自分にしか見えない、聞こえない、機械的な声が、文字が響いてくる。
───それは、“見える”という感覚に近かった。
《解析結果:前回生成物(超硬度短剣)の成功要因は、ゴブリンリーダーの「構造的弱点」の正確なデータと、生成に必要な「物理・知識・精神コスト」の極限までの投入にあります。》
(限界の範囲を伸ばすんだ。
今よりも数倍は多く。)
暴発した銃。
崩壊した翼。
あれは単なる失敗ではなく、自分の知識不足という致命的な欠陥を突きつけた警告だった。
どんなに強力な生成スキルを持っていても、その根幹を成す基盤知識が薄っぺらければ、結果は常に不安定で、危険を伴う。
(俺は結局、モンスターを撃破するための力が欲しいんだ。
なら、周りくどい学習はやめる。
直接モンスターや、そいつらのいる環境を、優先してラーニングしてしまえばいい。
そうすれば、奴らに致命的なダメージを与えられる武器をもっと効率よく作れる。)
悠人は拳を握りしめる。
(データだ。
やはりデータを大量に効率よく得なくては。
モンスター関連のデータを効率よく得るにはやはり───)
頭の中には、モンスターたちが湧いて出てくるダンジョンゲートの”向こう側”が見えていた。
のどかな学校の校庭にできた、あの次元のひび割れ。
ダンジョン攻略だ。
今の悠人に必要なのは、それであった。
モンスターのデータを効率よく得るには、ダンジョン攻略をする必要がある。
ダンジョンで命を懸けて戦うことこそ、現時点でリアル生成AIに最も質の高い、”生きたデータ”を入力する行為となる。
モンスターだけでなく、ダンジョン内にある様々な物質も、スキルの強化や、”生成”には役立つはずだ。
(ダンジョン攻略には時間だ。
時間がいるな……)
悠人はベッドから立ち上がる。
体はまだ完全ではない。
しかし、進むべき道は明らかであった。
(俺は、最強のデータ収集者になる。)
もう能力者としての驕りも、無力感による絶望もない。
あるのはただ、大切な人を守り抜くという意志──
そして、その意志を達成するための手段である、リアル生成AIを使いこなすという決意だけだ。
(俺の新しい人生は───
”主人公”となる道は、計算と知識──
命懸けのラーニングの上に構築されることになる。)
悠人は窓の外を眺めた。
世界が自分を呼んでいる。
◇
退院の日。
悠人は、病院の窓から外を見下ろす。
一週間前、自分が運ばれてきた時と、街の様相は一変していた。
突如只野学園学校に出現したD級ダンジョンをきっかけに、辺り一帯の状況は、変化しつつある。
平和な日常の風景の合間に装甲車が走り、探索者らしき重装備の人間が慌ただしく行き交っていた。
非日常の喧騒が混ざり合っている。
これはこの街だけではないらしい。
世界各地で、ダンジョンゲートの出現現象が活発化し、あろうことか、そこからモンスターが湧き出てくるという現象が見られている。
悠人の病室は、まるでその変化を遠くから傍観しているかのような、静かで安全な隔絶された空間だった。
だが、その隔絶された空間は、もう耐えがたい場所でしかない。
未知の”データ”たちが自らこの世界にやってきて、蠢いているのだ。
早く”学習”したくてたまらなかった。
「これで、もう点滴ともお別れか」
解放される喜びと同時に、悠人は若干の寂しさを覚える。
感傷に浸っていると、病室のドアが開き、茜が入ってきた。
「おはよう悠人。」
「茜か。
……おはよう。
怪我は本当に治ったのかよ?」
「うん。」
茜も退院手続きを済ませたばかりだ。
その片手には、彼女の私物の入った小さなバッグを持っている。
「もう着替え終わった?
外で待ってるからね」
彼女の声は相変わらずどこか暖かさを感じさせるものであった。
共に病院で過ごす間、常にそうだったように、人を包み込むような何かがある。
その優しさが悠人を大きく惑わせる。
この一週間、その優しさに甘え、安全な場所に留まろうとする自分と戦い続けていた。
「待ってくれ、茜。」
悠人は意を決し、静かに明確な意志を込めて口を開く。
「ちょっと伝えたいことがある。」
「……?
どうしたの。」
「茜。
俺は、探索者になるよ。
しばらく休学する。」
一瞬の沈黙。
茜は持っていたバッグを床に落とし、驚きで目を見開いた。
「え、悠人……
どういうこと?
まだ、体だって完全に治ってないのに──」
「体は問題ない。
回復ポーションの予備もある。
何より、茜が魔法をかけてくれたおかげで、後遺症もほとんどない。
……問題は、時間だ。」
悠人はそう言って、今日初めて、茜と視線を合わせる。
その瞳は、かつての平凡な高校生のそれではなかった。
命懸けで戦う、探索者特有の鋭い光を宿している。
「俺も、スキルが発現したんだ。」
「……え?」
「簡単に言うと、物を生成するスキルさ。
あの日、俺は全コストを消費して武器を生成し、ゴブリンリーダーをなんとか倒した。」
「……」
茜は唖然とした表情で一言も発せずにいた。
そんな彼女を傍目に、悠人は続ける。
「──でも、あれは本当に運が良かっただけなんだ。
普通なら俺はあの場で死んでいた。
もちろん、茜も……。
──今の俺のスキルは、誰かを守るためには、あまりにもデータが足りてないんだ。
……だから、もっと強くなる必要がある。
──データが、必要なんだよ。」
悠人は、病室で辿り着いた結論を茜にも共有する。
「……生成は、結果でしかない。
問題は、その前なんだ。
何を知っているか。
何を見てきたか。
それが足りなかったから、俺は――
負けたんだ。」
悠人は、拳を握りしめる。
「……だから、誠司は死んだっ──」
「悠人……」
「俺はっ───
茜を───
茜だけじゃない。
優しい人たちが理不尽で傷つけられるのを、もう見たくない。
俺はこの力を使いこなして、みんなを守れるくらいに強くなりたいんだ。
学校は時間の邪魔でしかない。
……だからその──
休む事にしたんだ。
今度は怪物を殺せるくらい、強くなるために。」
茜は、驚きながらもその言葉を静かに聞いていた。
「……悠人の言うことは分かるけど───
けどさっ
──その、学校に通いながらじゃダメなの……?」
茜の提案は、かつての彼が望んでいた、安全で平穏な道だった。
だが、そんな柔な道を進むわけにはいかない。
悠人は首を横に振った。
「それじゃ遅いんだ。
外はあんな状況だし、いつまた同じようにモンスターたちが、俺の大切な人たちを──
お前を、狙うのかわからない。
休学して、探索者として登録し、より危険な場所、より多くの知識が集まる場所へ身を投じる。
それが、俺のスキルを強化する、今思いつく中での最良の道なんだよ。」
茜は、悠人の目から、強い無力感からの脱却という強い意志を読み取る。
同時に、もうその意志を簡単に変えることはできないということにも。
止めようとしたが、止める権利も持っていなかった。
脳裏に浮かぶのは、悠人を助けられずに、そのまま運ばれる、あの時の自分。
伸ばそうとした手を胸に留めた。
「……そんなの、勝手だよ」
茜は俯いたまま、唇を噛む。
「嫌だよ。
悠人が、またいなくなるかもしれないなんて。
悠人”も”、いなくなるかもしれないなんてっ──」
一瞬、声が震える。
「でも……
それでも行くって言うなら」
茜は顔を上げ、涙をこらえて笑った。
「帰ってきて。必ず。
──私も、自分の魔法を、もっと鍛えるから。
もし、悠人が無理をしすぎて動けなくなったら、私が助ける。
だから……
一人で突っ走らないで。」
「ありがとう、茜。
ふっ、安心してくれ。
俺はもう、”モブ”じゃない。」
悠人は、笑いながら親指を立てる。
その後、病室の窓に映る自分の姿───
普通の制服姿の自分を、過去のものとして見納めた。
「さ、行こうぜ、茜。」
悠人はさっさと病室を出ていく。
「ずっとあなたは──
モブなんかじゃなかったよ……」
病室に残された茜は、ポツリとそう溢す。
その言葉が、悠人の耳に入ることはなかった。
◇
「ナイフ───
というより、短刀だなこれは。
刺突に特化した、見事な作りだ。
……ただ、逆を言えばそれだけ。
あまりにも刺突に特化しすぎている。」
スーツを着た一人の男が、ぶつぶつと喋っていた。
「うーん、何だこの持ち手部分は。
側面の作りもあれだな。
刺突以外の用途で使用すれば、すぐに壊れてしまう。
逆を言えば、”刺突”のためだけに作られたもの……
いや、”生成”されたものなのかな?」
暗がりに包まれた部屋の中で、その男は、A級探索者・神崎零華から受け取った刃物を眺めている。
ぎらりと鈍く、しかし鋭い光を、その刃物は放っていた。
「似ているな、やはり。
”私”の能力──
その一端を持った者が、新たに現れてしまったのか。」
ブツブツと呟く彼の前には、神崎零華が直立している。
彼の命令をじっと待っていた。
「下がっていいぞ。
今後、また同じような雰囲気を感じさせるものががあったら、報告しろ。」
「──了解しました、ネクロス様。」
神崎零華が部屋を出た後も、しばらくその男は愛おしそうにその刃物を眺めていた。
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