第9話 それでも助けた人ー2
「茜……!?」
「い、いいよ寝たままで!
そもそも、悠人もかなり重症だったんでしょ?」
ベッドから降りようとする悠人を茜が止めると、そのまま彼女の方から悠人のベッドへ歩み寄っていく。
茜の右腕には包帯が巻かれていた。
が、顔色は良く、順調に回復に向かっていることも一目で分かる。
ベッドの前に立ち、茜の瞳が、改めて悠人の姿を捉えた。
彼女の瞳は、安堵とかすかな怒りがないまぜになった複雑な感情に揺れている。
「茜……
とにかく無事でよかった。
───その、大丈夫なのか……?」
「うん、一応ね。
お医者さんにはまだ病室で安静にしてろって言われているけど、自分で自分に治癒魔法をかけ続けていたから、大丈夫!」
茜は笑顔で右腕をぷらぷらと振ってみせた。
「……治癒魔法って言ったって、まだ完全に使いこなせてないだろう?
それに、その体じゃ、大した魔力が残っていないから、ろくに治癒できないはずだ。
……医者のいう通り、安静にしてろよ。」
「やだ。」
次の瞬間、茜はさらに悠人のそばに寄り、強く抱きつく。
茜は、悠人の無力感、絶望、孤独を、言葉にせずとも感じ取っているようだった。
幼い頃から、ずっと彼の隣にいたからだろうか。
「あ、茜!?」
「悠人……
本当に、生きててよかった……」
病室の殺菌された冷たい空気とは対照的に、暖かく確かな体温が伝わってくる。
茜の小さな震えが、悠人の胸にまで伝わってきた。
「馬鹿。無茶しすぎだよ!
何をしたのかよくわからなかったけど、とにかく悠人が助けてくれたんでしょう?
…… スキルもないのに!
……本当に───
生きててよかった……」
茜は、涙声になっている。
彼女の言葉は、悠人を叱責しているようでいて、その実、極限の恐怖と、悠人が生きていたことへの心からの安堵を感じさせた。
心の中で彼女の運んできた暖かさが、スッと自分の体の奥に溶けていくのを感じる。
悠人は、抱擁の中で自分のデータ論理が、いかにこの感情の前では無意味であるかを思い知らされた。
”感情”、”意思”。
今の悠人は、データばかりを欲しているが、本来人間に最も必要とされているのはそれらなのだろう。
「ごめん、茜。
でも、お前を助けたかったんだ。
あの時、お前が血を流してるのを見て──
俺は……”これ以上”失うくらいならって──」
「知ってる。
だから、私はここにいる。
───生きてる。
ありがとう。」
茜は抱擁を解き、真っ直ぐに悠人の目を見つめた。
その瞳には、悠人を責める気持ちは一片もない。
ただただ、大切な人が無事だったことへの喜びだけが互いに溢れていた。
「生きよう。
誠司の分も。」
「──茜も知ってるのか。
……そうだよな。
あいつの分まで──
俺たちが……生きねえと。」
◇
それからというもの、二人でリハビリに励む日々が始まった。
茜は、まだ痛む自分の怪我を顧みず、悠人の傍でずっと笑顔で振る舞っている。
先日のダンジョンの件で患者が病院内には溢れかえっており、あまり監視の目が行き届いていない。
茜と悠人はこっそり自分の病室を抜け出しては、二人で昼食を食べるのだった。
昼食の温かいスープ、病院内に差し込む暖かい日の光、そして何気ない茜との会話のすべてが、悠人の冷めていた心に少しずつ温かい灯を灯していく。
底をつきかけていた精神コストも、それに伴って、みるみるうちに回復していった。
悠人は、彼女の隣にいることで、自分がどれだけ軟弱な存在なのかを改めて痛感させられる。
その悔しさを補強するかのように、頭の片隅で、スキルは分析を行なっていた。
《データ依存の自分:
知識の量でしか強さを測れず、命を懸ける状況でさえ、冷徹な計算を優先しようとした。》
《茜という存在:
知識や計算ではなく、「命を救いたい」という純粋な強い『意志』によって、彼自身を救ってくれた。》
(俺は……
変わらなきゃいけない。)
(……そのためには───)
茜は今、悠人にもたれかかるようにして座りながら眠っている。
悠人はそんな彼女の温もりを感じながら、静かに決意した。
「あの時、たった一発のカウンターで全力を使い果たした、中途半端な自分を捨てる。
もう二度と、大切な人を守るために運や偶然に頼ることはしない」
自身のスキルが”知識と経験が全て”という制約を持つならば、その制約を全力で受け入れ、誰にも追いつけないほどの圧倒的な量の知識と経験を積み上げる必要がある。
(やってやるぜ。
集めてやる、データを。
俺のスキルは──データこそが全て。)
(大切な人を守れる程度のデータを集めなくてはならない。)
悠人の瞳には、歪んだ意思の光が、灯りつつあった。




