第104話 REAL・GENERATORー4
「それに……
パーティは、支え合うものだよ。
あなた一人が、全部背負うものじゃない。」
何かが崩れ落ちる音がした。
自分が前に立たなければ。
守らなければ。
導かなければ。
皆で協力しながらも、悠人はどこかそう思い込み続けていた。
リアル生成AIスキルという、特異な能力を手にした時まではいい。
ただ、その能力によって、さまざまな人間に狙われるようになってから、ずっと自分の肩には見えない重圧がのしかかっていた。
結局、狙われているのは自分で、仲間は巻き込まれているだけ。
そういった考えが消えることはなかった。
仲間が使う武器も、身に纏う防具も、すべては自分の内側から生み出される。
その生成物がなくては、対抗が難しい。
だからこそ、その性能が不足していれば仲間の命を危うくし、自分の判断が狂えばすべてが終わるという強迫観念が、常に意識の底に澱のように溜まっていた。
無意識のうちに仲間を受益者として切り分けてしまっていたのかもしれない。
しかし、それは対等なパーティの形ではなかった。
「もっと、信じてよ。
みんなのことを。」
茜はどこか悲しげな表情で微笑んだ。
生み出す剣がどれほど鋭くとも、それを振るう零華の技がなければ、茜の魔法による援護がなければ、リリスの精密な解析がなければ、それはただの鉄塊に過ぎない。
仲間を守ろうとしていたのではない。
結局、自分自身を守っていたのかもしれない。
「──そうだな。」
リーダーとして、あるいは力の供給源として、完璧でなければならない。
その気負いが、いつの間にか仲間に頼るという選択肢を思考から削り取っていた。
それは同時に、一人での戦いを始めていたことを意味する。
それは零華も同じだったようだ。
結局表面上固まって動いていただけで、抱えているものに対して、それぞれ一人で蹴りをつけようとしていた。
茜の言葉は、悠人の独善的な殻を、優しく、されど容赦なく粉砕していく。
「もっとみんなで戦うべきだったな。」
悠人は震える手で、泥のついた顔を拭った。
視界の端で、茜のまっすぐな眼差しが自分を捉えている。
彼女もまた、恐怖に膝を震わせていたはずだ。
それでも彼女は、自分を励ますのではなく、対等な戦友としてここに立っている。
自身が完璧である必要など、最初からなかったのだ。
(もっと打ち明けて、頼ればよかった。
──神崎に対しても。)
その事実は、重荷から解放される安堵感と同時に、己の未熟さを突きつける鋭い痛みとなって胸に刻まれる。
だがその痛みが、今は心地よい。
自分がまだ、血の通った人間としてここにある、何よりの証拠となっているのだから。
「ホント、まだまだ俺は学習していかないとな。」
「俺”たち”でしょ。
それがパーティーってものだよ。」
「……あぁ、そうだな。」
悠人は笑みを浮かべる。
「神崎のやつも、まだまだこれからがある。
終わらせてたまるかよ。」
「──それじゃこれからやることはただ一つだね。」
「あぁ。」
「「助けに行こう。」」
茜と悠人の言葉が重なる。
「私たちの、パーティーメンバー、神崎零華を。」
その言葉に、リリスも静かにうなずいた。
無機質なその瞳には、計算や論理を超えた情動の火が灯っているように見えた。
リリスのセンサーは、すでに周囲の警戒モードを解き、再び戦場へと舞い戻るための最適化を開始している。
彼女の指先は微かに動き、視覚情報を再構築していた。
その赤く光る網膜ディスプレイには、もはや撤退の二文字は存在していない。
「……神崎零華さんは、まだ戦っています。
戦闘の音を微かにまだ感知できます。」
リリスが指し示した方角──
闇に沈む研究所の方向から、空気を震わせる微かな振動が伝わってくる。
「そうみたいだな。
本当、一人ですげぇ頑張ってるよ、あいつは。」
その音は、絶望的な数差を相手にしながらも、決して折れることのない彼女の強靭な意志が放つ、最後の抵抗の調べだった。
閃光が走り、爆発音が重なるたびに、彼女の命が削り取られていくのがわかる。
その微かな振動が、悠人の足の裏を通じて心臓に直接届いた。
零華は今、かつてないほどに「生」を燃やしている。
それを無視して生き延びることなど、悠人にはもうできなかった。
空気が張り詰め、森のざわめきさえも零華の戦いを告げる鼓動の一部となっている。
「──行くか。」
悠人は、二人の顔を見た。
月光に照らされた茜の瞳には、かつての弱気な少女の面影はなく、一人の探索者としての誇りが宿っている。
リリスの佇まいには、主を守る盾としての、友を救う矛としての静かな覚悟が満ちていた。
二人とも、疲弊しきっているはずだ。
それでも、彼女たちの意志は一度も折れてなどいなかった。
悠人の無力感に付き合うことなく、彼女たちは最初から、仲間を救うという当然の帰結を見据えている。
迷いはあった。
恐怖も、無力感も、消えてはいない。
ネクロスの冷徹な笑みや、風間次郎の圧倒的な暴力が頭をよぎるたび、膝が震えそうになる。
自分たちが戻ったところで、返り討ちにあう可能性の方が圧倒的に高い。
理屈で考えれば、このまま逃げ延びて力を蓄えるのが正解なのかもしれない。
少なくともネクロスならきっと、そう考えるだろう。
効率的で、論理的で、冷酷な判断をする、自分と同じ、生成スキルの使い手。
だが、己が目指す場所は、そんな計算の先にあるものではなかったはずだ。
死の影がちらつく戦場へ戻ることは、生存本能に真っ向から反する行為。
脳裏には、先ほどまでの絶望的な光景が鮮明に焼き付いている。
砕かれた床、飛び散る破片、そして自分たちを逃がすために盾となった零華の細い背中。
恐怖は酸のように悠人の心を蝕もうとするが、それ以上に、彼女を失うことへの恐ろしさが勝った。
失った信頼、伝えられなかった感謝、共に歩むはずだった未来。
それらをすべて取り戻すための代償として、命を賭けることに一切の迷いはない。
「いててっ──」
悠人は、ゆっくりと立ち上がる。
泥にまみれた膝の痛みさえも、今は自分が生きている証として愛おしく感じられた。




