第8話:古代の不完全な地図
煤けた酒場の奥、バレットが広げたのは、羊皮紙を通り越して、もはや化石のように硬質化した「古の記憶」だった。
「これを見てみろ。三百年前、王都の整地が始まる前に発掘された、地質測量データだ」
バレットが指し示した地図。
そこには、現在の王都、商業、農業といった区割りなど存在しない。
代わりにあるのは、大陸の中央に穿たれた、巨大な『歯車』のようなラインだ。
「……バレット様。これ、地層図じゃないわ」
私は、地図の上に自分の指を這わせた。
前世の地図データと、私の診断眼が脳内でリンクする。
「これは……『基盤計画図』よ。……私たちの足元、土壌じゃなくて、人工構造物の上だったのね」
ケインが息を呑む。
「人工構造物? 王都全体が、ですか?」
「そうよ、ケイン。……見て。この王太子がふんぞり返っている王宮、ここ、ただの装飾じゃない。……巨大な『ピストン』の頭部だわ」
バレットがニヤリと笑う。
「気づいたか。……この王都一帯は、数万年前に誰かが作った、巨大な『魔力汲み上げポンプ』の真上にある。……我々人間は、そのポンプが動き、摩耗し、錆びついていく様子を『地質変動』と呼んでいたに過ぎん」
私は震える手で、古代の図面の数値を現在の私の測量値と照合した。
不一致。大幅な狂い。
原因は明らかだ。
「……ポンプの『パッキン』が死んでいる」
私は、乾いた声で呟いた。
「パ、パッキン……? アリーナ様、また難解な言葉を……」
「密閉装置のことよ、ケイン。……魔力という名の高圧流体を汲み上げるための隙間を埋める素材が、数千年の経年劣化でボロボロになっている。……そして、この王都の不吉な予兆症状。……『水没』も『陥没』も、すべては設計者が仕組んだ『強制冷却プロセス』だわ」
バレットが目を細めた。
「そうだ。一定の魔力圧を超えると、都市はあえて沈み、冷や(・)さ(・)れ(・)る(・)構造になっている。……沈没は事故じゃない。神が設計した、この星を壊さないための『メンテナンス・ルーチン』なんだよ」
「……ふざけないで。そんなの、欠陥設計よ!」
私は机を叩いた。
神か、あるいは超文明の設計士か。
彼らにとって、この地上に住む何十万の人間は、ただの『冷却水』に過ぎないというのか。
都市が沈むことで圧力が抜け、基盤が守られる。
そのために、そこに築かれた人々の生活や歴史をゼロにする……。
「構造設計士の仕事は、物を作るだけじゃない。……そこに住む人の安全を守ることよ! ……ルーチンなんかに、人間を殺させはしないわ」
私の瞳に、かつてないほど強い光が宿る。
敵は、腐敗した貴族でも、中抜きをする役人でもなかった。
この世界を設計した「無慈悲なシステム」そのものだ。
「……バレット様。この地図の続き、私が引きます。……冷却ルーチンを止め、都市を沈ませずに圧を抜く、『バイパス回路』を作るわ」
「バイパス……。大陸を横断する、巨大な魔力排出口、か。……ハッ、正気じゃねぇ。そんな工事、個人の魔力じゃ百年かかっても終わらねぇぞ」
「百年もかかりません。……重力魔法による『マテリアル加工』と、バレット様の持つ『職人ネットワーク』があれば……。……そして、何より」
私は、不敵に微地笑んだ。
「その工事に必要な『莫大な資材(中抜きした証拠)』と『強制労働力(腐敗貴族)』なら、私がこれから調達してきますから」
私は古代の地図を叩き、決然と顔を上げた。
悪役令嬢としての悪名。
それを最大限に活用して、私はこの「欠陥世界」をリノベーションしてやる。
――工事予算は、敵から奪う。
構造設計士の、本当の反撃が始まろうとしていた。
第8話、お読みいただきありがとうございました!
本作『建築魔法・救世令嬢〜断罪の場で「この王都、あと3日で沈みます」と予言した結果〜』、世界の驚くべき「設計ミス」が明らかになった回でした。
世界を一つの巨大建築物として捉える。これこそが本作のメインテーマの一つですわ。沈没が「仕様」だなんて、設計士としては絶対に認められませんわね。アリーナの敵は、ついに「神の設計」へと及びますのよ!
次回、第9話「建築令嬢、暗殺者に建築を説く」。
アリーナの命を狙う暗殺者ライナスが登場! 彼女が放つ「殺意への建築学的ダメ出し」とは……?緊迫の現場状況、お楽しみに!
もし「仕様に立ち向かうアリーナ、格好いい!」と思っていただけたら、最後に建築確認や評価(建設予算の増額)をお願いいたしますわ。
皆様の声(評価)という名の「建築予算」が、バイパス回路を構築するための莫大な資材に変わるのですわ!




