第6話:重力魔法:ジャッキアップ!
低地街。
王都の中で最も標高が低く、湿気が溜まり、貧しい人々がひしめき合うスラム。
そこにあるのは、石造りとは名ばかりの、割れたレンガと腐りかけた木材で無理やり組み上げられた、四階建ての集合住宅だ。
その建物が、今、悲鳴を上げていた。
「助けて! 誰か、子供たちが中に……!」
「逃げろ! もう崩れるぞ!」
一階部分が沈み込み、建物全体が大きく傾いている。
地盤沈下。昨夜からの魔力漏水によって、この地区の粘土質の地層が完全に限界を突破したのだ。
集まった野次馬たちは、ただ呆然と、あるいは恐怖に絶叫しながら、ゆっくりと「死」へと倒れ込む巨大な影を見上げることしかできなかった。
「ケイン、あの三脚をそこに! 重心を固定するわ!」
私の声が、スラムの喧騒を突き抜けた。
王都一の富と美を誇るはずの公爵令嬢が、泥と埃にまみれ、額に汗を浮かべて指示を飛ばす。
「アリーナ様、あんな巨大な構造物、魔法でも支えきれません!」
「支えるんじゃないわ。……浮か(・)せ(・)る(・)のよ!」
私は、前世の記憶を総動員して、建物の各支柱にかかる重量バランスを瞬時に暗算した。
トータルウェイト、約四〇〇トン。
私の魔力だけでは到底足りない。だが、私には『重力』の法則を知っている。
一点を支えるのではなく、構造体全体の『G』を相殺するように魔法陣を展開するのだ。
「全柱点、重力反転フィールド展開!」
地面に描いた魔法陣が、青白く発光する。
直後。
ミ、ミ、ミシシ……という、この世のものとは思えない異質な音が響き渡り――。
信じられないことに、。傾いていた集合住宅が、空中に数インチだけ「浮上」した。
「……う、浮いた?」
「お嬢様が、家を持ち上げたぞ!」
「まだよ! 逃げなさい、全員外へ!」
鼻から血が垂れる。脳を焼くような負荷。
数万の数式が頭の中を駆け巡り、一ミリの狂いも許されないバランスを維持し続ける。
前世の設計事務所で、徹夜明けに図面をチェックしていた、あの極限の状態と同じだ。
「アリーナ様!」
「黙って! ……あと、二十秒だけ保た(・)せ(・)る(・)から!」
建物の隙間から、泣き叫ぶ子供たちと、彼らを抱えた大人たちが次々と飛び出してくる。
十。九。八。
最後の老人が外へ出たのを確認した瞬間、私は魔法を「解除」ではなく、「収束」させた。
ドゴォォォォン……!
建物は、最悪の倒壊ではなく、あらかじめ私が指定した「安全な空き地」に向かって、ゆっくりとスライド(滑落)するように着地した。
建物自体の損傷は激しいが、中の命はすべて救われた。
静寂。
そして、直後。
地鳴りのような歓声が、スラム中に沸き起こった。
「やった……助かったぞ!」
「お嬢様、ありがとう! あんた、女神か!? 聖女か!?」
私は荒い息をつき、膝を泥についた。
ケインが慌てて駆け寄る。
「アリーナ様! 無茶です、こんな真似……!」
「いいえ。……これで、私の実力は示されたわ」
私は、汚れた手を太陽にかざし、笑った。
かつて私を「悪役令嬢」と呼び、断罪した者たち。
だが、このスラムの者たちの目は違う。
彼らが今、見ているのは。
泥まみれになり、ボロボロになりながらも、彼らの生活を「物理的に」救った一人の技術者の姿だ。
「……さあ、ケイン。休んでいる時間はないわ」
私は、再び立ち上がった。
「今の衝撃で、さらに地層の歪みが深まった。王都の『心臓』まで、あと三キロよ」
私は歓声の中を、足早に去った。
名声や感謝などはどうでもいい。
私の目の前にあるのは、未だ解決されていない「巨大な欠陥工事」という名の絶望だけなのだから。
第6話、お読みいただきありがとうございました!
本作『建築魔法・救世令嬢〜断罪の場で「この王都、あと3日で沈みます」と予言した結果〜』、第1部の大きな山場「ジャッキアップ」回でした。
家を丸ごと魔法で持ち上げる。このビジュアルを描きたくて本作を始めたと言っても過言ではありませんわ。アリーナの真骨頂は、単なる破壊ではなく、物理法則を味方につけた「構造的な救済」にあるのですのよ。
次回、第7話「酒場の偏屈マスター」。
アリーナの現代知識を正しく理解し、さらなる高みへと導く伝説の老名工バレットが登場しますわ!設計と施工、両輪が揃えば最強ですわね!
もし「アリーナのジャッキアップに胸が熱くなった!」と思っていただけたら、最後に建築確認や評価(建設予算の増額)をお願いいたしますわ。
皆様の熱い応援(評価)こそが、沈みゆく低地街を支える最も強固な杭になりますのよ!




