第11話:予算管理局の再建(物理)
サフィール伯爵邸の大広間は、もはや社交の場ではなかった。
天井の隙間から埃が舞い降り、床の一部は完全に陥没している。その中で、かつて王家を操り、肥え太ってきた閣僚たちが、這いつくばって魔法陣に魔力を注ぎ続けている。
「……アリーナ、もう、もう限界だ……。魔力が底を突く……」
アウレリウス王子が、端整な顔を歪めて弱音を吐く。
「あと三十秒。……それ以上持たせたいなら、その無駄に長いマントでも食べて、内臓の魔力でも絞り出してはいかがですか?」
私は、彼らを一瞥もせず、サフィール伯爵の懐から奪い取った『建築予算執行権限委譲書』に、震える手でサインをさせようとしていた。
「さあ、伯爵。早くこれを。……それとも、貴方が一生懸命中抜きした金と一緒に、この屋敷の瓦礫の下で永遠の眠りにつきたいかしら?」
「ぐ、……う……! わ、分かった、サインする! サインするから、止めてくれ!」
血の滲むようなサインが、書類に記された。
その瞬間、私は魔法陣の出力を最大化し、屋敷の構造を一時的に「凍結」させた。
パキリ、と空気が凝固する。
「……。とりあえず、この屋敷はあと一時間は持ちますわ。……その間に、全ての財産、および備蓄されている魔石を王都中央倉庫へ運び出しなさい。……拒む者は、反逆罪ではなく『過失致死罪』で起訴します。……私が、証人ですから」
私は、恐怖に固まる貴族たちを背に、外へと歩き出した。
表には、崩落したはずの『予算管理局』の残骸が見える。
「アリーナ様。これで……資金の問題は解決しましたが、あの中にいた官僚たちは全員逃げ出しました。……工事の実務を動かす人間がいません」
「いいえ、ケイン。実務なら、あそこに山ほどいるわ」
私が指し示したのは、恐怖で震えながら瓦礫から這い出してきた、着飾った貴族の若者たちだ。
「彼らは『建築』の厳しさを知らない。……だから、教え(・)て(・)あ(・)げ(・)る(・)のよ。……バレット様! 準備はいいですか!?」
闇の中から、大型の工事用マジックゴーレムを率いたバレットが現れた。
「ヒッハァ! 待っていたぜ、お嬢ちゃん! ……おい、そこの白い肌の若造ども! 一級建築士であるアリーナ様の直轄部隊、『王都改修工兵隊』への入隊、おめでとう! ……今すぐスコップを持て! 遅れた奴は、俺のゴーレムが物理的に応援してやるぞ!」
バレットの怒号に、貴族の若たちが悲鳴を上げながらスコップを握らされる。
かつて私を「傲慢」と罵った彼らの手が、初めて泥に汚れ、土を掘り始めた。
「……資金、資材、そして労働力。……ようやく揃ったわね。……でも、遅すぎたかもしれないわ」
私は、空を仰いだ。
昨夜よりも月が大きく見える。
いや、月が大きくなったのではない。……王都全体が(・)、ゆ(・)っ(・)く(・)り(・)と(・)沈ん(・)で(・)い(・)る(・)の(・)だ(・)。
「ケイン……。王都の『底』が抜けるまで、おそらくあと六時間もない」
「六時間!? これだけの人数で間に合うのですか!?」
「間に合わせるのよ。……いいえ、直し(ハック)にいくの。……この世界の設計者が隠した、『メインコントロール(心臓部)』へ」
私は、王都の最も古い区画、現在は立ち入り禁止となっている『大聖堂の地下墓地』へ目を向けた。
そこが、ポンプの操作室であり、この沈没ルーチンのオン・オフを司る場所。
リノベーションの最終工程。
世界の神と、一人の建築家の、最後のデバッグが始まろうとしていた。
第11話、お読みいただきありがとうございました!
本作『建築魔法・救世令嬢〜断罪の場で「この王都、あと3日で沈みます」と予言した結果〜』、資金と労働力の確保(強奪)編でした。
「過失致死罪で起訴する」という、現代的な法的脅しを挟みつつ、貴族たちを工兵に変えるアリーナの苛烈さ……いかがでしたでしょうか。技術者にとって、予算と人員の確保は設計と同じくらい重要な「戦い」なのですわ。
次回、第12話「王都の余命はあと六時間」。
いよいよ物語は、世界の深淵、大聖堂の地下へと向かいますわ。そこに待ち受けているのは、神の設計ミスか、それとも……?王都沈没までのタイムリミットが迫ります!
もし「貴族たちの工兵落ちが面白い!」と思っていただけたら、最後に建築確認や評価(建設予算の増額)をお願いいたしますわ。
皆様の声という名の「鉄筋」が、王都再建を支える最強の骨組みになりますのよ!




