第5話 すべては十年前から始まっていたようです
王立図書館は、静寂の城です。
高い天井。
古紙の香り。
そして――監視の気配。
「尾行が二組」
入館してすぐ、カイル様が小声で言いました。
「気づきました?」
「入口から」
当然のように答える騎士。
頼もしすぎます。
「本日は囮も兼ねています」
「やはりですか」
⸻
目的は一つ。
十年前の王城記録。
毒殺未遂。
派閥争い。
王族関係。
条件を絞ると、ある年に集中していました。
「……これですわ」
古い記録簿。
ページを開いた瞬間。
わたくしの指が止まりました。
⸻
『王妃候補毒殺未遂事件』
⸻
息が止まります。
「被害者名は?」
カイル様。
わたくしは読み上げました。
「――エレノア・アルヴェイン」
母の名前。
部屋の空気が変わりました。
⸻
記録は途中で途切れていました。
不自然に。
まるで誰かが削除したように。
「意図的です」
カイル様が断言します。
「王家権限でしか消せない」
「つまり王宮内部」
その時。
背後から声。
「正解だ」
振り返ると。
王太子殿下でした。
⸻
「殿下」
「驚かせたかな」
全く気配がありませんでした。
この方、護衛より忍び向きでは?
「ここから先は機密だ」
殿下は静かに言います。
「十年前、王妃候補が毒を盛られた」
「母は生きています」
「未遂だったからだ」
そして。
「だが、犯人は捕まらなかった」
⸻
殿下の視線がカイル様へ向きました。
「いや、“捕まえなかった”が正しい」
沈黙。
「王家内部に関係者がいた」
重い言葉。
「だから事件は封印された」
わたくしの背筋が冷えます。
「では今回の事件は」
「同じ派閥の再始動だろう」
⸻
その時でした。
殿下がふと笑いました。
「さて、本題だ」
視線がカイル様へ。
「君、どこ出身だ?」
「南部辺境です」
「孤児院育ち、だったね」
「はい」
殿下は一冊の書類を差し出しました。
「だが戸籍が途中からしか存在しない」
空気が凍ります。
「……どういう意味ですか」
カイル様の声が低くなる。
「十年前」
殿下は静かに告げました。
「王妃候補襲撃の夜、行方不明になった子供が一人いる」
ページを開く。
そこには。
幼い少年の記録。
特徴欄。
『灰色の瞳』
⸻
沈黙。
カイル様の手がわずかに震えました。
「偶然でしょう」
彼が言う。
ですが殿下は首を振ります。
「偶然にしては多すぎる」
さらに一枚。
「当時、その子供を保護した騎士団員――」
名前を見た瞬間。
カイル様が息を止めました。
「……隊長」
「君の育ての親だ」
⸻
理解が追いつきません。
つまり。
十年前の事件。
母。
王宮。
そして。
わたくしの婚約者。
すべてが一本に繋がる。
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「君は“偶然選ばれた護衛”じゃない」
殿下が言いました。
「最初から、この事件の中心にいる」
静寂。
カイル様が低く呟きます。
「……俺は何者なんですか」
その問いに。
王太子は即答しませんでした。
「それを確かめるために」
微笑む。
「王城へ来てもらう」
⸻
帰り道。
馬車の中は静かでした。
いつも冷静な彼が、窓の外を見たまま動かない。
「カイル様」
「はい」
「もし過去がどうであっても」
少し迷ってから言いました。
「今のあなたは、あなたですわ」
彼は驚いた顔をしました。
「……慰めですか」
「事実です」
沈黙。
そして小さく。
「ありがとうございます」
初めて。
護衛ではなく。
一人の人としての声でした。




