第4話 偽装婚約は距離が近すぎます
――王城・地下回廊(同時刻)
「失敗、か」
低い声が石壁に反響した。
灯りは最小限。
顔は影に沈んでいる。
「二度とも毒を見抜かれました」
跪く男が報告する。
「偶然ではありません」
「……あの騎士か」
短い沈黙。
「あれは予定外だった」
机を指が静かに叩く。
「貴族なら動きが読めた。だが平民は違う」
「排除しますか?」
「いや」
影は笑った。
「むしろ利用する」
ゆっくりと告げる。
「次は“守れない状況”を作れ」
⸻
――アルヴェイン邸
「本日より警備を増やします」
カイル様が真面目な顔で言いました。
「庭園、屋根、厨房、すべて確認済みです」
「優秀ですわね」
「当然です」
ですが彼は続けました。
「……ただ問題が一つ」
「?」
「寝室の警備です」
沈黙。
ええ、理解しております。
未婚の男女。
同じ屋敷。
護衛の都合。
つまり。
「夜間、近距離待機が必要です」
「具体的には?」
「隣室」
……まあ。
⸻
その夜。
わたくしは眠れませんでした。
理由は単純。
壁一枚向こうに婚約者がいるからではありません。
決して。
本当に。
決して。
……少ししか。
⸻
カタン。
物音。
わたくしは即座に起き上がりました。
「カイル様?」
返事なし。
次の瞬間。
窓が――静かに開く。
黒装束。
侵入者。
悲鳴を上げる前に。
腕を引かれました。
「失礼します」
低い声。
気づけば、わたくしは彼の腕の中。
カイル様でした。
いつ入ったのです?
「侵入者三名」
彼は冷静に呟きます。
「声を出さないでください」
距離が。
近すぎます。
呼吸が触れそうです。
ですが彼の視線は完全に戦場。
窓から影が飛び込む。
剣が閃く。
音は最小限。
数秒で決着。
侵入者は全員、床に伏していました。
⸻
「怪我は?」
「ありません」
「よかった」
そのまま、彼は動きを止めました。
……まだ腕の中です。
「あの」
「はい」
「もう安全ですわ」
「……」
「離していただいても?」
彼は一瞬固まり、慌てて距離を取ります。
「申し訳ありません!」
珍しく動揺しています。
少しだけ、可笑しい。
⸻
床の男を確認しながら、彼が言いました。
「口封じ要員ですね」
「毒ではなく直接襲撃」
「相手が焦り始めています」
わたくしは考えます。
二度の毒。
そして今夜。
犯人は確実に――
「わたくしが“何か”に近づいていると判断していますわね」
「ですが心当たりは?」
あります。
ただし確信がない。
「明日の王立図書館」
「?」
「調べ物をします」
⸻
彼が頷いた瞬間。
ふと視線が合いました。
静かな夜。
月明かり。
少しだけ乱れた髪。
そして。
「……距離、近かったですね」
彼がぽつり。
「護衛ですもの」
「はい」
沈黙。
「心拍が速かったので」
「戦闘直後です」
「俺ではなく、レティシア様のです」
――。
「気のせいですわ」
「了解しました」
絶対に納得していない顔でした。
⸻
――王城・地下(同時刻)
「侵入部隊、全滅」
報告。
影の人物は静かに笑った。
「面白い」
「次の指示を」
「舞台を変える」
ゆっくり告げる。
「王城そのものを使おう」
机の上には一枚の名簿。
そこに記されていた名前。
――レティシア・フォン・アルヴェイン。
「もうすぐ気づく」
低く囁く。
「十年前の事件に」




