第3話 騎士、社交界で伝説になる
毒未遂事件の翌日。
王都は大騒ぎでした。
当然です。
公爵令嬢暗殺未遂。
しかも王城夜会の最中。
これはもう、社交界的には最高級の話題でございます。
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「犯人は見つかりませんでした」
カイル様が報告します。
現在、わたくしのサロン。
「グラスはすり替えられていた可能性が高いと」
「予想通りですわね」
犯人は素人ではありません。
毒の量。
タイミング。
逃走経路。
すべてが計算されている。
「貴族内部の犯行でしょう」
わたくしが言うと、彼は頷きました。
「騎士団も同意見です」
「ですが証拠がない」
「はい」
つまり――
社交界で探るしかない。
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「では本日から実践訓練です」
「またですか」
「またです」
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本日の舞台。
伯爵夫人主催・昼の茶会。
情報戦の最前線。
そして。
「帰っていいですか」
「だめです」
二回目ですわね、この会話。
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会場に入った瞬間。
視線。
視線。
視線。
貴婦人たちが一斉に扇子を上げました。
「噂の騎士様ね」
「本当に連れてきたの」
「まあ大胆」
カイル様の背筋が戦闘態勢になります。
「囲まれています」
「それを社交と言います」
⸻
「レティシア様!」
夫人が笑顔で近づきます。
「こちらが婚約者様?」
「ええ」
紹介の時間です。
ここが最初の関門。
「カイル・グレイです」
完璧な礼。
……おや。
練習の成果が出ています。
夫人がにこやかに尋ねました。
「レティシア様のどこに惹かれましたの?」
危険質問。
通常ここは曖昧に答える場面。
わたくしは内心で祈りました。
(模範回答を……!)
彼は真顔で答えました。
「強そうなところです」
沈黙。
完全沈黙。
誰かが紅茶を吹きました。
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「強そう、とは?」
夫人が震え声で聞き返します。
「はい。暗殺者より怖いので安全だと判断しました」
だめです。
教育が追いついていません。
ですが――
貴婦人たちが、なぜか笑い始めました。
「まあ正直!」
「嫌いじゃないわ」
「新鮮ね!」
……成功?
理解しました。
社交界は退屈していたのです。
予定調和ではなく、“異物”を。
そしてカイル様は。
完全なる異物。
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その時。
わたくしは気づきました。
奥の席。
ひとりだけ笑っていない貴婦人。
ラングレー侯爵夫人。
王政反対派の中心人物。
彼女の視線が――
カイル様ではなく。
わたくしの手元のカップを見ている。
次の瞬間。
「飲まないでください」
小声。
カイル様でした。
「匂いが違う」
騎士の感覚。
わたくしは自然な動作でカップを置きます。
「少し席を外しますわ」
立ち上がると同時に。
夫人の表情が、ほんの一瞬だけ崩れました。
――確定です。
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庭園へ出ると、カイル様が低く言いました。
「毒ですね」
「ええ」
「昨夜と同じ系統」
「つまり犯人は同一、あるいは同派閥」
彼は少し考え込みました。
「ひとつ気になることが」
「?」
「毒を入れる瞬間を、誰も見ていない」
「当然ですわね」
「ですが」
灰色の瞳が鋭く細まります。
「視線誘導があった」
「……」
「全員が俺を見ていた」
そこでわたくしは理解しました。
思わず笑ってしまいます。
「なるほど」
「何がです?」
「あなた、囮に使われていますわ」
「……え?」
「社交界があなたに夢中な間に、毒が入れられる」
沈黙。
そして彼は真顔で言いました。
「俺、役に立っています?」
「非常に」
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その時。
背後から拍手。
「さすがだな、レティシア」
振り返ると。
王太子殿下。
「もう二度目の接触に気づいたか」
やはり。
これは偶然ではない。
「殿下、この婚約」
「うん」
軽く笑います。
「王宮内の裏切り者を炙り出すためだ」
そしてカイル様を見て。
「君は最高の配置だったよ」
「……理由を聞いても?」
「貴族は全員、互いを疑う」
殿下は肩をすくめました。
「だが“平民”は誰の派閥でもない」
静かな沈黙。
「つまり」
わたくしが言いました。
「わたくしたちは餌」
「そういうこと」
殿下は楽しそうに微笑みます。
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帰りの馬車。
カイル様がぽつり。
「……危険ですね」
「ええ」
「婚約、解除しますか?」
わたくしは即答しました。
「お断りします」
「なぜ」
窓の外を見ながら答えます。
「退屈しませんもの」
すると彼は、小さく笑いました。
初めて見る、自然な笑顔でした。




