第18話 戴冠式 ― 王を殺す最後の計画
朝の王都は、異様なほど静かでした。
祝賀の日のはずなのに。
歓声は控えめで、人々はどこか息を潜めている。
昨夜の襲撃。
炎の記憶がまだ街に残っていました。
「……嵐の前、という顔ですわね」
レティシアは鏡越しに呟く。
王妃衣装。
まだ正式ではない。
けれど誰が見ても、未来の王妃の姿だった。
背後で侍女が言う。
「本日は必ず何か起きると」
「ええ」
否定しない。
「だからこそ式を行うのです」
王は、逃げない存在だから。
控室。
カイルの前に立っていたのは――
前王太子、アレクシスだった。
「緊張しているか?」
「少しだけ」
正直な返答に、彼は笑う。
「いい王になる」
「……あなたほどでは」
アレクシスは首を振った。
「違う」
静かな声。
「私は“正しい王”になろうとした」
一拍。
「お前は“守る王”だ」
そしてマントを手渡す。
王位継承者の証。
「これは本来、私が受け取るはずだったものだ」
カイルが迷う。
だが彼は押し戻した。
「王位を譲ったのではない」
まっすぐな視線。
「国に最適な王を選んだだけだ」
それが彼の矜持だった。
大聖堂。
鐘が鳴る。
貴族、騎士、各国使節、民衆代表。
全てが集まる。
中央通路を歩くカイル。
その少し後ろを歩くレティシア。
視線が集中する。
偽装婚約だったはずの二人。
今は誰も疑わない。
玉座前。
王冠が掲げられる。
「王位継承者カイル・レイン」
司祭が宣言する。
「汝、この国を導く意思はあるか」
静寂。
「あります」
迷いのない声。
その瞬間。
空気が歪んだ。
天井のステンドグラスが砕け散る。
光と破片。
悲鳴。
黒衣の者たちが降下した。
「革命派!!」
兵が動く。
だが遅い。
魔術陣が展開される。
王冠の真下。
巨大な封印式。
王弟が叫ぶ。
「戴冠を利用した王権封印だ!」
理解が走る。
王を殺すのではない。
――王という存在そのものを無力化する儀式。
王権を永遠に象徴へ落とす計画。
革命派の首領が現れる。
昨夜の侯爵。
「歴史的瞬間だ」
狂気ではない。
確信の顔。
「今日、王は終わる」
「違う」
声が響いた。
レティシアだった。
全員が彼女を見る。
「あなた方が恐れているのは王ではない」
一歩前へ。
「責任を負う存在です」
侯爵が笑う。
「責任? 一人に押し付ける制度だ」
「いいえ」
彼女は静かに首を振る。
「責任を引き受ける覚悟を持つ者を、人は王と呼ぶのです」
魔術陣が起動する。
光がカイルを縛る。
「動くな!」
騎士が止める。
近づけば巻き込まれる。
誰も入れない。
だが。
レティシアは歩き出した。
「レティシア!!」
カイルの声。
止まらない。
「婚約者ですもの」
微笑む。
「隣に立つ義務がありますわ」
魔力が衣装を裂く。
痛み。
それでも前へ。
彼の手を掴む。
瞬間。
魔術陣が揺らいだ。
二人の魔力が共鳴する。
王族の力。
そして――契約。
正式婚約により結ばれた魔術的絆。
誰も想定していなかった条件。
王は一人では成立しない。
支える者がいて初めて王となる。
光が逆流する。
「な、に……!?」
侯爵が叫ぶ。
魔術陣が崩壊。
封印が砕け散った。
静寂。
砕けた光の中。
司祭が震える声で言う。
「……儀式、継続可能です」
王弟が頷いた。
「続けろ」
王冠が掲げられる。
ゆっくりと。
カイルの頭へ。
「ここに、新たなる王の誕生を宣言する」
鐘が鳴り響いた。
歓声。
涙。
安堵。
すべてが混ざる。
カイルが隣を見る。
「……無茶をしましたね」
「お互い様ですわ」
小さく笑う。
彼は手を差し出した。
「これからも」
「ええ」
手を重ねる。
「ずっと隣に」
王は生まれた。
王妃もまた。




