第13話 王が生まれる夜
王城・深夜、嵐の前の静けさ。
医務室の灯りだけが、夜の王城に残っていました。
カイル様はまだ眠っています。
毒は抜け始めている。
けれど目を覚ましません。
「……心が拒んでいるのだろう」
背後から声。
王太子殿下でした。
「殿下……」
私が礼を取ろうとすると、手で制されました。
「今はいい。婚約者殿」
軽い口調。
ですが目は真剣でした。
眠るカイル様を見下ろす。
「やはり、この顔になるか」
「ご存じなのですか?」
「当然だ」
静かな答え。
「彼が王になる日を、私はずっと待っていた」
――理解できない言葉
「……王太子殿下が?」
思わず聞き返してしまいました。
王になるのは王太子。
それが国の常識。
けれど。
殿下は笑いました。
「誰が“私が王になる”と言った?」
椅子に腰掛け、語り始める。
「この国には二つの王位継承がある」
初耳でした。
「血統継承と、資質継承」
「資質……?」
「危機時のみ発動する古い制度だ」
低い声。
「王家は二系統に分かれている」
そして。
「私は“安定の王”として育てられた」
一拍。
「彼は“変革の王”として生まれた」
十年前。
王命偽造事件。
革命派の台頭。
王権崩壊の危機。
「その時、予言が出た」
王太子殿下の声が落ちる。
「次代の王は、血ではなく選択によって立つ」
だから。
王弟は彼を隠した。
騎士として。
政治から遠ざけて。
――王になる覚悟を、自分で選ばせるために。
「では殿下は……」
「壁だよ」
あっさりと言った。
「国を安定させる盾」
少し笑う。
「私は王に向いている。だが“今”ではない」
視線がカイル様へ向く。
「革命が起きた時代に必要なのは」
一拍。
「守るために規則を壊せる王だ」
静かな沈黙。
「彼は選んだ」
王太子殿下が言う。
「国ではなく、君を守った」
私を見る。
「それでいい」
断言。
「人を守れない王が国を守れるはずがない」
その時。
指が動いた。
「……カイル様?」
瞼がゆっくり開く。
灰色の瞳。
けれど以前と違う。
迷いが消えていました。
「……聞こえていました」
かすれ声。
王太子へ視線。
「俺が、王になると?」
「なるかどうかはお前が決めろ」
即答。
「制度は資格を与えるだけだ」
長い沈黙。
彼の視線が私へ向く。
弱さも、迷いも、全部見える目。
「……怖いです」
正直な声。
「当然だ」
王太子が笑う。
「怖くない王は暴君になる」
彼はゆっくり起き上がった。
「逃げてもいい」
「騎士として生きてもいい」
「だが――」
王太子の声が静かに響く。
「選べ」
彼は立ち上がる。
まだ完全ではない身体。
それでも。
迷わず言った。
「……逃げません」
拳を握る。
「守りたい人がいます」
一歩。
「守りたい国があります」
そして。
「だから俺は――王になります」
空気が変わった。
圧ではない。
重さでもない。
ただ。
そこに“中心”が生まれた感覚。
「やっと言ったか」
心底嬉しそうに笑う。
「これで私も楽ができる」
「殿下?」
「私は摂政になる」
さらっと爆弾発言。
「政治は任せろ。王は前を向け」
つまり。
王太子は王にならない。
王を支える者になる。
彼がこちらへ来る。
「……巻き込みます」
「今さらですわ」
思わず笑う。
「最初から共犯ですもの」
彼が小さく笑った。
「では」
手を差し出す。
「王の婚約者として、隣にいてください」
私はその手を取った。
「喜んで」
その夜。
王城で。
ひとりの青年が王になることを選んだ。




