第六話:ニートが両親に頼むから働いてくれと言われる話
草深奈緒は、かつて「女性の7つの幸せ」をすべて手にしていた女性だった。
愛する夫、可愛い子ども、美しい容姿、やりがいのある仕事、経済的安定、信頼できる友人、そして平穏なマイホーム――彼女の生活は理想そのものであり、周囲の人々から羨望の眼差しを向けられていた。
しかし、夫との離婚を皮切りに、奈緒の人生は転落していった。子どもの親権を失い、友人関係も壊れ、さらには職場を追われた。そして最後の砦だったマイホームも手放すこととなり、奈緒は両親の住む実家に戻ることを余儀なくされた。
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奈緒が実家に戻ると、両親は暖かく彼女を迎え入れた。
「とりあえずここでゆっくりしていい。しばらくは何も考えず、落ち着きなさい」
奈緒の父親は現役で働いており、経済的には安定していた。母親も専業主婦として家事を担っており、奈緒に家事をさせることもなく、全てを引き受けてくれた。
しかし、この環境が奈緒をさらに社会から遠ざけることになった。家事も育児も仕事もなく、友人付き合いも失った奈緒は、自室にこもる時間が次第に長くなった。
奈緒は、自分の時間を「ツイフェミ」の活動に集中することで埋めようとした。インターネットを通じて困っている女性たちの話を聞き、SNS上で励ましの言葉を送る日々。さすがに、実家に困っている女性たちを招き入れることはできなかった。両親からそれだけは止めるようにと強く言われていたし、両親に迷惑をかけたくないという気持ちも、奈緒にはわずかに残っていた。
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奈緒の生活は次第に単調なものになっていった。
朝起きるとパジャマ姿のままスマホを手に取り、SNSで困っている女性の投稿を探す。そしてコメントを書き込んだり、相談を受けたりする。時折、親から運ばれてくる食事を食べるためにドアを開ける以外は、部屋から出ることもほとんどなかった。
入浴の頻度も減り、化粧をする機会も失われていった。以前はその美貌で周囲の人々を惹きつけていた奈緒だったが、髪は乱れ、肌の手入れも疎かになり、ジャージ姿で過ごす日々が続いた。それでも、元々の美しさは失われておらず、化粧なしでもその端正な顔立ちは健在だった。
両親は、そんな奈緒の姿を見て胸を痛めていた。
「この子は本当に、このままでいいのだろうか……?」
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両親は次第に強い危機感を抱くようになった。父親はまだ現役で働いており、今は奈緒を支える余裕があった。しかし、自分たちが高齢になり、介護が必要になったり亡くなったりしたとき、奈緒がどうなるのかを考えると、不安で仕方がなかった。
ある日、父親は思い切って奈緒に話を切り出した。
「奈緒、お前もそろそろ働いてくれないか。今はいいが、将来のことを考えると心配で仕方がないんだ」
しかし、奈緒は首を横に振った。
「困っている女性は世の中にたくさんいる。私はその人たちを救うために時間を使いたい。働いている時間なんてないの」
その言葉を聞いた父親は、深い悲しみと苛立ちを感じた。
「奈緒、お前が言う『困っている女性』って、今のお前のことじゃないのか?」
そう言いたい気持ちを抑えつつ、両親はどうすれば奈緒を救えるのかを模索した。
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両親は悩んだ末、地元の女性相談センターに連絡し、奈緒の現状を相談することにした。
後日、相談員が実家を訪れ、奈緒と直接話をすることになった。相談員が来たとき、奈緒はジャージ姿のままで現れ、表情には怒りが浮かんでいた。
「なぜ私が相談員なんかと話をしなきゃいけないの?」
奈緒は両親を烈火のごとく非難した。
「私は困っている女性を救う側なの!私が救われる側だなんて、どういうこと?」
相談員は冷静に奈緒の話を聞き、両親の意見も確認した。その結果、奈緒に一人暮らしをさせることで、少しでも自立の機会を与えるべきだという結論に達した。
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女性相談センターが困難な状況にある女性たちのために契約しているアパートの一室に、奈緒が住むことになった。しばらくは両親が家賃を支払うことで落ち着いたが、相談員たちは「最終的には自分で稼いで生活を支えるようにする必要がある」と奈緒に働きかけた。
奈緒にとって、この決定は納得のいくものではなかった。
「私は悪くないのに……なぜ私がこんな目に遭わなきゃいけないの?」
そう思いながらも、両親の懇願を無視することはできなかった。経済的に支えてくれる彼らの存在を完全に断つことは、奈緒にとって恐怖だった。
奈緒は経済的な安定を失ったのだった。




