どうそう会
向こうの駅には石川が迎えに来ていた。11年振りだろうか? 最後に会ったのは森の葬式以来だったか。森は同じ年で石川夫婦と私が退所する直前に入所して来た。高2の夏に亡くなった。その時に重永と再開し、付き合っていたそうだ。
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テレビの前にはプレイステーションがあった。メモリカードが2つ刺さっていてそれぞれに2人の名前が書いてあった。当時の療養所の話題で盛り上がった。
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明くる4月の第一日曜日、初めて同窓会に参加した。学校を卒業した子には必ず知らされる。途中で転校すると知らされないのだそうだ。ここで2学年上の祝兄ちゃんと再会する。電話番号を交換した。彼が知っているのは1学年上のおにぎりくん他だった。同級生では會に会う。「乾布!乾布!」の誤放送で大喜びしてたおバカだ。後は年下だけど私より昔に入所してた人とか。
木造校舎はなくなっていて、鉄筋校舎と元々あったプレハブ棟だけになっている。昔は木造校舎にあり、鉄筋校舎に移された図書館が会場でした。コーヒー、紅茶、お菓子が用意されていた。ノートには卒業年度を書く欄があったけど、昭和61年退所と書いておいた。担任、音楽の先生、祝兄ちゃん、會以外は知らない人でした。
帰りはバス停まで担任と祝兄ちゃんと會が歩き、私はオートバイのイグニッションをON にしてブレーキをカチカチとかけながら一緒に下って行った。
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寄宿舎生とは何回か吞みに行ったが忙しくなり交流が途絶えた。
61年の歴史がある学校でした。
お年を召した方はおられず、年下の子ばかりでした。
小学部を卒業して地元中学へ進学した子もいたようです。




