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思い出す

 順序の後ろから書くが、私は鼻中隔矯正術で入院していた。診断は鼻中隔湾曲症(ワンキョクショウ)でした。これは小学生の時にカブスカウトで鼻を殴られたから。

 入院お見舞いに寄宿舎生から生徒会長になっていた北村が来ていた。入院中の私の髭面に合わせて来たのか彼も無精(ブショウ)ひげを伸ばしていた。食事時間を無視してロビーで話し込んでいたが、それはちゃんと残されてあった。

 彼が私の入院を知っているのは予め手紙を書いておいたから。彼の住所を知っていたのは2年の担任からメールで名簿を送って頂いていたから。何故、担任のメールアドレスを知っていたのか? その年なってからインターネットを始めたけど、当時はFacebook がなく、あらゆるSNS がなかった。ホームページは学校も担任も私も作っていなかった。なので結論として、私と担任の間には共通の知り合いが居た。療養所でも学校でも私がいた頃には学生さんだったと思われる上級生の上級生。

 彼と出会ったのは閉鎖された後の療養所。何の用事で来たのか? 学校の行事関連なら一緒に学校へも行っている。彼の帰りの足を気にかけなかった。なので私はオートバイで来た。3回生以降の学校に誰もいない日。

 閉鎖されてからは入口がフェンスで塞がっていた。乗り物で来ていてもそこで降りて横を通れば敷地へ入れた。歩いていると警備員が声を掛けて来る。敷地内は歩かせて貰えるが建物には入れない。ソフトボールをしていた窪地、ミニサッカーをしていたコート、喘体をしていたテニスコートには草が生い茂っていた。プールに水はなく、カルテ他の書類がたくさん投げ入れられていた。

 その時に喘息男子寮の前で会ったのが彼だ。担任の追悼ページを見たが思い出せる名前はなかった。

 寮の前で写真を撮って頂き私の住所宛てに送って頂いた。それに対し、お礼の返信をした覚えはない。パソコン通信で彼の名前を検索し、メールを送った。ご本人でした。

 その時に担任のメールアドレスを教えて頂いたのであろうか? その名簿を使ってパソコン通信の郵便配達サービスで同窓会の案内を同級生宛てに一斉送信したんだった。今の実家宛てに宛先不明の郵便物が戻って来てたんだった。

 その年の4月第一日曜日は同窓会の存在を知らなくて入院してたのが9月頃だったと思う。だからインターネットからパソコン通信にアクセスしていた。


   *


 北村から電話を受け、その年の運動会を見に行った。彼が創り上げた新しい学校は更に進化していた。そこで懐かしい顔と私の転校後に入った初めましての顔に合う。みんな元寄宿舎生でした。私の電話に元療養所生から電話がかかる。誘ったけど今日来れなかった石川からだ。「今から来い」とのこと。事情をみんなに告げた。担任は「石川と重永(シゲナガ)結婚してたのか。子供はまだかいな?」と仰った。「今の時代、そんな事言ったらダメなんですよ」と返しておいた。私は駅へ向かった。

手紙の一斉送信サービスは効き目があったようでした。

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