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奉仕所


 国内随一の、格式ある高級ホテルのスイート。

 照明を落とした薄暗い室内で、ノンフレームの眼鏡をかけた男が豪奢なソファの上でノートパソコンを操作しつつ、携帯に耳を傾けていた。


「…うん…うん…そう。予定通り開始で……うん、よろしく」


 ピッ、と通話が切られる。

 それを待っていたかのように、部屋へ通じるドアから音もなく人影が滑りこむ。

 幾分小柄なその人影は、そのまま本当の影のように、ソファの背後に立たずんだ。

 

「もう終わったの?」

「すべて滞りなく」

「それは良かった。こっちも一段落ついたとこ。まったく、彼らが余計な事してくれたせいで、とんだ手間だよ」

「……」


 しばしの静寂。

 やがて午後7時をまわり、『アルタートゥームの幻想竜』の公式サイトで予告通りに2周年イベントが開始されるのを確認すると、男はノートパソコンと携帯をまとめてソファに放り投げた。


「いったん戻るよ。なんだか面白そうだからね。面倒だったけど、これで帳消しになるといいなぁ」

「……」

「じゃ、後はよろしく」


 人影は慇懃に礼をすると、また音もなく出ていった。

 部屋にはもう、だれもいなかった。









「なんか昔を思い出すなー」


 固い木のベンチにだらしなく寝そべったハルが呟いた。

 時刻はすでに真夜中近く。

 室内は白熱灯のような丸い灯りでわずかに照らされた部分以外、真っ暗だった。

 魔法の灯りらしい。

 ハルのまわりには、読み散らかした書物が無造作に積まれている。


 ここは街の東にある王立図書館。

 一度扉が閉まると何やら魔法で施錠されるらしく、館内には双子だけで、警備員もいない。これ幸いと、ここを今夜の宿に決めたのだ。


『アルタートゥームの幻想竜』において書物は「大陸言語」で書かれている、という設定だった。そのままでは読めないが、特定の本を読む(というか開く)ことで、「スキル:文字読解」を習得し、それで初めて読める(日本語に変換される)ようになる仕組みだ。さすが純和製。

 もちろん、その特定の本を設置したのは自分たちだ。


「散らかし過ぎだぞ」

「ちゃんと片付けるって」

「そう言って、したことないクセに」


 ブツブツ言いながら、アキが本や巻物を抱え元の場所へ戻していく。


 向こうにいた頃、二人にとって図書館は避難場所であり、学校であった。

 図書館に盗みに入るような者はいなかったし、セキュリティはヌルいが作りは堅牢で安全。電気もトイレもあるし水にも困らない。避難場所にはうってつけだったのだ。

 それはこの世界においても同じらしい。

 ただ、トイレは水洗じゃなかったが。


 そしてこの様子から、二人の「初期クエストで小銭を稼ぐぞ!これで序盤は楽勝だ!作戦」が不発だったとわかるだろう。

 そもそも、街を走り回ることさえできなかった。






 話は数時間前に遡る

 



 双子はあれから。

 さて行くぞ!と意気込んで街の方向へ踏み出した矢先、年かさの神官に捕まっていた。

 いきなりである。

 相手はおじいさんといっていい年齢のくせにやたら怪力で、首根っこを押さえられてしまうとどうにも逃げられない。

 何かしたか!? 混乱する双子に、神官は怒鳴った。


小童こわっぱどもが、なにウロウロしておる! 言っとくが神殿内にはお前らごときが盗めるような物はないぞ!」

「ちがっ! いえあの、僕たちは」

「不届き者めがっ! ワシじきじきに説教を」

浄階じょうかい殿」


 涼し気な声が止めにはいってくれた。

 背は高いが柔和で優しげな印象の、若い神官だった。


「ム。どうした」

「浄階殿、その者たちを先ほどから見てましたが、どうもここに不慣れで迷っていたようですよ。しきりに何かの部屋を探してましたから、行きたかった場所はおそらく奉仕所かと」

「奉仕所だとぉ?」


 浄階と呼ばれた老神官は双子を上から下までジロジロと眺め、フンッと鼻を鳴らすと二人を乱暴に放した。


「どこの村からの口減らしか知らんが、嘆かわしい」


 そのままドスドスと神殿へと向かってしまった。

 その後姿を丁寧な礼で見送った神官は、双子に向き直り、優しく微笑んだ。


「驚かせてしまったようですけど、大丈夫でしたか?」


 双子はまだバクバクと激しく打つ心臓を抑えながら頷いた。


「今の神官様は偉い方なのですか?」

「浄階とは、神殿における位の一つだと思ってください。神殿における世界の真理と叡智を探求される方々の、最高位を指します。…でもまぁ、名誉職ですから」


 そう言い切った神官は、なかなかぶっちゃけた性格のようだった。


「申し遅れましたが僕はハル、こちらは弟のアキです。助けて頂いてありがとうございます」

「おや。これはご丁寧に。その年でよく学んでいるようですね。感心しました」


 それ以上特に追求せず、神官はヒンメル、とだけ名乗った。

 13才少年プレイを忘れがちで内心ヒヤヒヤだった二人としては、追求されずに済んでホッと胸をなでおろした。


 浄階という位もじいさんも初耳だったが、ヒンメルという名に聞き覚えがあったらしいハルが、思い出そうとしきりに首をかしげていた。

 アキは神殿は担当外だったので、思い出すもくそもない。

 双子はデザインしたわけではなく、ゲームイベントを埋め込んだりその調整が主な業務だったので、自分の担当外だったり、イベントに関係しないキャラクターについては詳しくないのだ。

 クエストのためにあちこち聞きこみをしてまわるプレイヤーの方が、双子よりよっぽど情報通だ。



「では、いきましょうか」


 ヒンメルは、双子を神殿の裏手に案内した。

 ゲーム時はただの雑木林だったことを思い出し、ドキドキしながらついていく二人。


 そこは、開けた場所にテントらしきものがいくつも張られ、多くの貧しい身なりの人々が施しを求めて並んでいた。

 神官や、ボランティアらしき人々がパンとスープを配っている。

 双子は一度もお世話になったことはないが(見つかったら補導されてしまう)、すぐにわかった。ここは向こうでいうところの、炊き出しだ。

 

「私は本日の当番なんですよ。お二人のお世話もと思いましたが、困ったことに今日は本当に人が少なくて、それどころではないのですよ。夕餉の時刻ともなればさらに人が集まるでしょうから、今からその大変さを思うと……」


 そう言ってチラリとこちらを見るヒンメル。

 ヘタに礼儀正しく接したせいで組みやすいとみられたのだろうか。言いたいことは丸わかりだ。

 しかしイイ大人だった身としては、そう無碍にはできない。

 ハルが折れた。


「何かお手伝いできることがあれば……」

「おお、手伝っていただけますか! ではこちらへ!!」


 気がつくと、双子はテント奥で延々とスープ用の木の小鉢を洗っていた。

 早くしろとせっつかれ、しかもどんどん追加される。

 汚れた水を替えるため、側の井戸から水汲みもしないといけない。

 これがけっこう体力を使う。

 途中、何度かギルドカードが震えていたようだが、確認するヒマさえなかった。

 

 結局、双子が解放されたのは、日が暮れる少し前、奉仕所が閉まる頃だった。

 街灯など、ほとんどない世界だ。

 日が暮れると、街中であっても人々は出歩かないらしい。

 一応都会とはいえ、夜盗や追い剥ぎも出る。

 なんの対抗手段を持たない今の自分たちも、同じようにするしかなかった。


 神殿の門が閉まるということなので、二人は具がほとんどないスープに固い煎餅のようなパンを浸したものを、慌てて詰め込んだ。

 どちらも味がほとんどなく美味しいものではなかったが、この場所では当然だ。

 むしろタダで食事にありつけたことに、双子は感謝した。

 帰りしなに、ヒンメルが今日のお礼だと言って布にいくつか平らに焼いたパンを包んで渡してくれた。


「助かりましたよ。奉仕所は一日置きにやってますので、お手すきの時にでもぜひいらして下さい」


 また重労働をさせる気満々なヒンメルに、ええまぁ、とあいまいに返答を濁して双子は逃げた。

 

 日暮れ前の街は、確かに人影が少なかった。

 所持金は二人合わせて2G。

 ゲーム時、体力全回復の宿泊は最低でも一人3000Gだった。

 MPのみ回復する厩宿泊300Gというのもあるにはあるが、VRゲームでの宿泊は実際そこで眠りにつくことを意味するので、利用者はネタ目的以外では皆無だった。

 どっちにしろ、宿屋宿泊は無理である。

 双子は迷うことなく、図書館に駆け込んだのだった。








「ねぇアキー」

「ん?」

「ここでの朝って何時のことだと思う?」


 図書館の固いベンチの上で、すでに寝る体制に入っていたアキは目を瞬かせた。


「考えたことなかった。なんで?」

「オウレンがさ、朝とは言ってたけど何時から始めるかは言わなかった」

「あー……もうアイツやだ。ミレイがいい。ミレイをかえせ」

「あと半年の我慢だよ。どうしよう…8時くらい?」

「たしか中世の時代、みんな日の出と共に起きて日暮れと共に寝る、だったよな」

「……日の出って何時?」

「6時くらいじゃないか?」

「僕、目覚ましないと起きれない自信がある」

「俺も」

「アキつかえない」

「ハルだって」


 うーうーとしばらく唸っていたハルだったが、何か思いついてギルドカードを起動させた。


「ハル?」

「ゲームの時、ステータスウィンドウに時計とアラームあったじゃない? これにもあるかな、と思って」


 ハルはついでにと、今まで放置していたステータスチェックも始めたのか、たんねんにウィンドウを見ていく。

 ウィンドウはなんとタブ式で、情報がタブごとにわかれていた。

 操作はタッチ式だ。


「新しいスキルは見当たらないし。最初の数値きちんと覚えてなかったから、増えたかどうかわかんないや」

「でも何度かカードがバイブしてたよな」

「うん。ただ、最初に言われた例の世界への貢献度がどうの、というのに関連してるのなら、単純に体力や腕力の数値が上がってるとは思えないんだ。貢献度ってゲージの数値がちょっとだけ増えてるけど、経験値は増えてない」

「そのへんはもろゲームと違うもんなぁ。だいたい水汲みや皿洗いでパラメータが上がるなら、毎日やってる世のお母さんたちは最強だろっ!」

「あははっ。でもほら、ギルドに所属しないと意味ないし。とにかく、明日は書くもの手に入れてメモっとこう。……あ、やっぱりあったよアラーム機能。よかったー。じゃあ6時で。おやすみー」

「おやすみ」


 よく考えたら、向こうでは激務でここ数日は満足に眠れた覚えがない。

 開発の奴ら、マジ覚えてろ。

 せめてこっちで、少しはゆっくりできないかな……。


 それ以上考えられず、アキの思考はブラックアウトした。






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