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ニワトリと卵のジレンマ

 

 広場にある時計塔は、3時を指していた。



「銀行かよ!?」

「大丈夫なのかな、あんなので…」


 あ然とした双子に、声がかかった。


「やぁねぇ、またかい? どうせオウレンだろ。ミレイちゃんがいないとダメだね、あれは。ボウヤたち、ちゃんと冒険者になれたのかい?」

「はい?」

「アタシゃ、ほらそこの酒場の女将だよ。ローズっての」


 恰幅のいい、大柄でいかにも女将然とした赤毛のご婦人が、「冒険者の酒場」を指しながら笑って言った。


「はい。ご心配ありがとうございます」

「登録できました」

「おやぁ、礼儀がいい子たちだねぇ。ウチは冒険者相手に商売してるから、ぜひ来てね。ああそうだ、ボウヤたちにオウレンが説明したと思えないから教えとくね。もうギルドカードは見れたかい?」

「い、いいえ、まだです」

「やっぱり。じゃあ見てごらん。ほらほら」


 促されて、二人はカードに指を当てた。

 ブン、と軽い音がして青い半透明の可視ウィンドウが手の甲の上に現れた。


「えっ!?」

「それね、不思議でしょ? 自分以外、何が書いてあるのかわからないのよ。あとそこに出てくる情報も人それぞれで、共通してるのは貢献度とレベルくらいかしらねぇ。

 それはともかく。至高神様の加護によって、カードを通して普通の人では使えない技や知識を覚えることができるんだよ。たとえばそうね、『必殺技』とかかしら。意味わかる?」


(スキルのことだ!)


 二人して、コクコク頷く。


「覚えるには誰かに教わるか、魔法の巻物や書物をみればいいよ。でもお店ではあまり売ってないけどね。ただ時々、町中で何気なく覚えちゃったりするのよ。何か覚えたらそのカードが震えるからすぐわかるよ。でも見過ごしやすいからね」

「ありがとうございます!」

「うふふ。そういえばどうだった? 何かいいこと書いてあった?」

「いいことですか?」

「まれに、至高神様以外の神様からの加護を賜っている人もいて、ギルドカードに表示されるんだよ」


 そう言われて見てみると。


 彼らにはお馴染みのステータス画面が”日本語で”表示されていた。

(基本情報に、レベル、まだノービスだから職業なし。ステータスは……)

 さすがにオール1ではなかった。なかったが…。


「何にもない、です」

「ないな」


 ステータスが低すぎて、やっぱり見なきゃよかった、とはさすがに言えない。

 あと下の方に見知らぬ称号があったけど、無視だ。


「そう、残念ねぇ。でも若いんだから大丈夫よ。オウレンはアレだけど、5時から来る夜番のクレオはしっかりしてるから何かあれば彼に聞きなさい。ほんとミレイちゃんには早く復帰してもらいたいけど、まだ授乳期だからねぇ。あと半年はかかるかしら」

「そ、そうですか…」


 しばらく会話して、満足したらしいローズと別れた二人は、広場の噴水に設置してあるベンチに、崩れるように座り込んだ。


「なんでファンタジー世界に来てまで、こんな目に」


 ミレイ女史のアレとかソレとか、生まれたのが娘で、旦那に似てるとか、よく乳を飲む子だとか、ようやく首がすわってきただの、授乳のため胸がさらにく大きくなっただの、できれば聞きたくなかった。独身男には居たたまれない情報満載で、恐怖ではなくほのぼの攻撃でSAN値をガリガリ削られた気分だ。

 さすがオバチャン。どんな世界でも最強だ。


「あのひと、酒場のオヤジさんが言ってた『ウチのカミさん』だよね?」

「……本当にいたんだな」


 ゲーム時において、誰も会ったことがないのに誰でも知ってるキャラ。

 それが「冒険者の酒場の女将ローズ」。

 初心者から中堅プレイヤー向けクエストのいくつかが、酒場のオヤジに話しかけることで発生する。その時は必ずオヤジの口癖「ちょっと聞いてくださいよ。ウチのカミさんがね……」と、始まるのだ。

 しかし話には出るものの、ローズ本人は一切登場したことがない。

 プレイヤー間ではオヤジの妄想説や、すでに故人説、実は運営のミスなど、様々な憶測が流れていた。実際にプログラムしていた双子にも、真実はわからなかった。


 ちなみにオヤジさんは天然パーマで愛馬の名前はプジョーだが、トレンチコートは愛用していない。念のため。




「どっちが先なんだろうね。…ゲームと、この世界」


 ぽつりとハルが呟いた。


 ゲームから、この世界が造られたのか、

 この世界を元に、ゲームが作られたのか。

 まるで、ニワトリと卵だ。



「ああくそ、考えだすとダメだ!」


 アキはガシガシ頭をかきむしった。

 説明もない、手助けもない、頼れる人も、お金も住むところもない。

 目先の事に集中して忘れたかった。

 この全身に震えがくるほどの、底の見えない不安を。


 幼かった兄弟は、親にも親戚にも頼れず世間に放り出され、

 互いだけを頼りに生きてきた。

 いい年した兄弟が、今も離れられずにいる理由。


 もう子供ではないから、無駄に泣きわめくようなことはプライドが許さない。

 一から自営業を営んできた三十路男の、なけなしの矜持だ。

 それでも。怖くて、怖くて仕方がなかったあの頃の記憶が嫌でも蘇る。

 口から出そうになる言葉を、ぐわん、と喉にこみ上げてくるような激情と一緒に必死に飲み下すのだった。

 

 不意に、ハルがアキの手を握り立ち上がった。

 そのまま引かれアキも立ち上がる。


「ハル?」

「向こうでだって、いつもこんな感じだったなぁ、と思ってさ」

「……ん」

「だからさ、大変なのはデフォ。どこに行っても僕たちがやることは決まってる。いつものルーチン。そうだろ?」


 そういうと、ハルはつないだままの手を引いて歩き出した。

 

「わ、わかったから、手ェ離せよっ」

「えー、いいじゃん。僕たち13才」

「中身は36才だ!」

 

 ブン、といささか乱暴に手を振り切った。

 そっぽを向いた自分の首が赤く染まっているのは嫌でもわかる。

 お互いブラコン気味だと自覚はあるが、この幼くなった体に引きずられているのかもしれない。

 

 ニヤニヤしているハルを嫌そうに見ていたアキだったが、ふとひらめいた事があった。噴水の縁にそって移動し、さっきまでいたベンチとは反対側に着く。

 ハルが追いつくと、


「なぁ、この街を担当した時のこと、どれぐらい覚えてる?」

「何いきなり? たしか参入したばかりでイベントフック丸投げされたっけ。デバックの時は無駄ばっかの重複コードで泣かされたし。そういえばアキが頭きてブチこんだアレ、どうし…」

「嫌なこと思い出させんな! そうじゃなくて」


 アキは噴水を覗きこむようにして、縁近くの水面に手を突っ込んだ。


「やっぱりあった!」


 取り出した手に握られていたのは、小さな金貨だった。


「たぶん1ゴールド、ゲット!」

「あったねー…そういうの。なんか伝統だからって」

「なんの伝統だが知らないけどな、覚えてて助かった」


 ハルも見つけ、これで合わせて2ゴールド。

 ゲーム時の最低単位は1ゴールド=1円。


「こういうのは、ゲーム通りなんだ…」

「町中の初期クエスト、かたっぱしから回れば少しは稼げると思う。幸い、俺達には設置情報がある」

「そうだね! じゃあまず……」


 二人は決意をこめて、グッ、と金貨を握りしめた。

 そろそろ「現実」を確認する時だ。


「神殿に行こう」





 『アルタートゥームの幻想竜』は多神教の世界なので、神殿はそれら多数の神を祀っている。イメージとしては敷地内に分社を多く持つ日本の神社に近い。

 もちろん、主神は至高神だ。

 神殿は大小の違いはあっても、各都市や町、村に必ず在る。

 神殿の役目は、勇者などの特殊転職、転生、そして復活。

 プレイヤーが死亡した場合、ホーム指定された街の神殿にある「復活の間」で、デスペナルティと共に復活する。


 

 二人は願った。このゲームに酷似した世界なら、もしかしたらその辺りもシステマチックに存在するのではないか……。


 だがしかし。


「復活の間、なかったね」

「ああ……」

「転生の間も見当たらなかった。上位転生が不可能なら、身体的成長はいずれ打ち止めだ。ハイ・ヒューマンの性能次第だけど」


 脳裡に浮かぶのは、ここに来る前に戦った「邪龍」。

 そして……。


「きっと、何かあるはずだ」

「あるかな?」

「見つける」

「うん」


 今度はアキの方から、手をギュッと握ってやった。

 こういうのは、するよりされた方が恥ずかしいのだ。


「先は長い。でもいいさ。なんたって、今の俺達の体は13才だからな!」



 問題は山積みだが、希望はある。

 今から走り回れば、いくつかの初期クエストをクリアできるだろう。

 とりあえずは、今夜の寝床だな。




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