邪龍変形
人の身長の数倍もある荘厳な扉が、軋みながら開いていく。
音楽が戦闘用の激しいテンポに切り替わり、部屋上部の空間に複雑で巨大な魔法陣エフェクトが眩しく輝きながら展開。
全体を震わす振動でパラパラと木屑や埃が降り注ぐ先には、てらてらと、ヌメるように不気味に輝く肌の邪龍が、咆哮を上げながら出現した。
『ニンゲン、それほどまでに抗うのか』
『ニンゲン、それほどまでに厭うのか』
『ニンゲン、それほどまでに求めるか』
多重音声の効果がかかった重々しい声が、部屋中を反響し、木霊となる。
邪龍が放つ炎のブレスが大きく渦を巻き、天井の闇へと吸い込まれて消えていく。
『ニンゲン、望み至らず』
『ニンゲン、願い叶わず』
『ニンゲン、求め得られず』
『何ひとつ得ずに逝くがいい』
音楽のボリュームが上がり、部屋全体がまるで舞台の上のようにライトアップ。
ググッ、とせり上がる邪龍の巨体。
戦闘が始まった。
「じゃ、サクサクいくね! 連打貫拳!」
開戦と同時に、七海がスキル起動、右側の腹へすばやい打撃を数発打ち込む。
ドゴオォッ、と邪龍の腹が穴のようにめり込み、邪龍の胴体がよろめく。
続いて左側へ回り込んでいた辛家が、低い姿勢から邪龍の脚に向かって、一気に戦斧を走らせた。
「襲脚連斧ッ!」
数発の攻撃箇所に金色のクリティカル・ヒットエフェクトが追加、ダメージが倍増する。
「っし!」
小さくガッッポーズする辛家を狙って、邪龍が口を開けブレスを吐く態勢にはいった。
襲脚連斧のスキル効果でバインド状態だが、ブレス攻撃は可能だ。
しかしそこに、アキがすかさず走り寄って急所である首の側面に斬りつけた。
『グガアァァアアアアァァッ』
キャンセルされたブレスの残滓を撒き散らしながら、邪龍の咆哮が部屋を震わせた。
アキの持つ大剣は闇属性エンチャント(大)なので、通常攻撃でなおかつ急所ヒットとで、スキルなしでも十分高ダメージを叩きだす。
「屠龍核光技、いくよー!」
呪文詠唱を終えたハルの宣言と同時に、球体の光が邪龍を囲む。
球体は中心である邪龍にむかってキュイーンと高い音を立てながら急速に縮小し、点となった瞬間、核爆が起こった。
轟音、そしてすさまじい熱と暴風が邪龍の内側から発せられたかのように吹き出した。
内部から高温にさらされ、さすがの邪龍も倒れ伏したのだった。
BGMが止まり、アバターの動作がすべて強制的にキャンセルされる。
だがしかし、いまだその生命は尽きていない邪龍は、再び頭を上げた。
再び鳴り出すBGM。
邪龍の背や腹が盛り上がり、さらなる攻撃力を求めて変形が始まった。
「何度見てもエゲツナイ」
「竜魔法って、ホント凶悪だよね」
邪龍の変形などそっちのけで、ボソボソ言い合う辛家と七海。
竜魔法は単体攻撃用だが、うっかり効果範囲にいると味方でも大損害の「フレンドリーファイア上等!」魔法なのだ。
「だって龍を倒すための魔法だよ? ちなみに君たちにも効果大」
「ちょ、ハル! こっちに杖むけんなっ!」
「笑顔コワイ笑顔コワイっ」
「お前らいいかげんに…」
ドクン
世界が、脈動したかのようだった。
「なんだ!?」
「きゃあっ」
「うわっ!」
「何だよこれっ!」
ザザァッとノイズがかかったかのようになった視界が、赤緑黄色の3原色にブレる。
体中の血が下がったような、力が抜ける感覚が襲い、グラリ、と体が傾いだ。
もはや踏ん張ることもできず、その場に全員が崩れ落ちる。
(脳が影響を受けたのか!?)
その場にいる全員がまっさきに思いつくのが、不具合による脳への影響だ。
もともと、非常識な修正を行なっていたのだ。しかも働き詰めなため、酷使された脳への負担は相当大きいはず。たとえ小さなバグであっても多大な影響となりうる。
VRシステムは、脳波に異常値が現れたら即座に接続が切れるよう、安全装置がついている。しかしこの明らかな異常事態に、それが作動する気配がなかった。
「ログアウト!」
戦闘中とはいえ、キーワードを叫べば離脱は可能だ。
アキ達は床に這いつくばったまま、口々にキーワードを叫ぶ。
だが、何も起こらない!
「くそ、なんでだよっ、ログアウト!ログアウトしろよっ!」
辛家の叫びが虚しく響く。
ショックで青ざめながら倒れ伏す彼らをよそに、戦闘用BGMは相変わらず鳴り続け、邪龍の変形は
「……なんで続いてるんだ?」
呆然とつぶやいたアキの眼前では。
第二形態からそのまま第三形態へと変形を終えた邪龍が、また”変形”をはじめていた。
膨張しきった邪龍の皮膚が、ボコボコとさらに内側からの圧力で引き伸ばされる。やがてこれ以上は無理とばかりにあちこちで弾け飛び、体液と肉片が散った。
ブチンブチン、と裂ける皮膚の音。
骨が鳴り、砕ける音。
体液と肉片が床に落ちる、ビチャビチャとした水音。
プログラムの域を越え、リアルのように生々しい音が続く。
まるで、内側から”何か”が出てこようとしているようだった。
BGMをかき消すほどの、苦しみ藻掻く邪龍の叫び。
それはもはや咆哮ではなく、自分ではどうしようもできない事態への悲哀と絶望的な抵抗の声のようだった。
「やだやだぁ! なにこれなにこれぇっ」
レーティングを越えた惨状に、遂に七海が悲鳴をあげた。
「ナナミっ!」
側にいた辛家が、七海に向かって手をのばした。
その動きに我に返ったハルも、邪龍に一番近い場所にいて動かないアキの足首つかんで引き寄せようとした。
突如、邪龍の叫びが止まった。
大きく上下に開かれた顎は限界以上、いやすでに限界を越えてもまだ広がって……。
開かれた口の、喉の奥に、”それ”が見えた。
正面にいるアキには視えた。
何かが邪龍の口からこの世に出ようとしているのが。
でもここはリアルじゃない、仮想空間だ。
すべて0と1の数字で構成された、一切の物質を伴わない、時空間ですらまやかしに過ぎない。
出てどうする?
わからない、わからない、わからない。
でも一つだけわかる。
アレは出てはだめだ。
「アキっ!」
兄の声に、ハッ、と我にかえった。
足首を強く引かれる感覚に振り返ると、ハルの必死の表情が見えた。
「アキっアキ! しっかりして、アキ!」
「ハ、ル」
「見ちゃだめだ! アキしっかり!」
「ハル、アレはだめだ…」
「アキ?」
「アレが出るとマズイ」
「まったくその通りだよ。困るよホント」
第三者の声がした。
「え……?」
地に伏す兄弟の横を、スタスタと歩いて行く細い姿。
なんの気負いもなく、邪龍で在ったものに近づいていく。
サッと彼が手を振ると、顕れかけていた存在の動きが止まった。
「ボクの許しなく、この世界に出てきては困るんだよ」
そういって振り返ったのは、細面にノンフレームのメガネが似合う優男。
よく知る人物だった。
「か、カントク…? …えぇ? どういうこと?」
「やぁ、辛家くん。七海ちゃんも。それと…おや、緒方の双子ちゃんじゃないか。なかなかの顔ぶれだね。うん……君たちならいいだろう」
「監督…? いったい…」
「勝手に人の庭を荒らした連中にもお仕置きしないとなぁ。道を塞がないとだし」
「監督ってば! 神監督!」
「ボクの本意ではないけど、アレと縁が出来ちゃったからね。まぁ、がんばりなよ。あ、ボクは手助けできないから、そのつもりで」
「意味がよく…」
神が再び手を振った。4人の体が光の玉に変わった。
「じゃあね。いってらっしゃい」
『…サ…ヌ! 我ノ邪魔ハサセヌゾ!』
「うわ、しつこい!」
何かが邪魔に入った。
光がゴソっと奪われるが、かろうじて残った小さな光の玉はやがて消えた。
そしてここから、彼らの物語が始まる。




