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プログラマー達の現場

「オガタ・クリエイト」


 今や世間では当たり前となりつつあるVRゲーム。その補助プログラム作成とデバックの下請けをメインに請け負っている制作会社である。

 社員は2名。兄の治雄が社長で、弟の昭雄が副社長。雇われ人になれない諸事情から立ち上げたため、社員どころかアルバイトも雇っていない。


 腕よりコネが物を言う業界で、二人が困窮せずに続けてられるのは右肩上がりのVR市場のおかげだった。

 特に多種多様なVRゲームの現場で作業するプログラマーは、自社内で確保するよりゲーム内容に合わせた人材を雇う、そういう流れが主流なため、メンテナンスやデバック業務を中心とした下請け業者の数は多い。


『アルタートゥームの幻想竜』は純和製フルダイブVRMMOでありながら、本格的西洋風の剣と魔法のファンタジー世界を謳っており、基本に忠実でとことんベタな作りが逆に受けて、今や国内における人気作五指に数えられるほどである。

 戦闘時にシステムサポートがつくためアクションが半自動という遊びやすさと、独自に開発されたVR専用のHMDヘッドマウントディスプレイの使い勝手の良さが、その人気に拍車をかけていた。


 しかし人気作の宿命で、新規コンテンツ開発は急務、メンテナンスやアップデートのスケジュールは非常にタイトだ。


 正式運営されてから2年、開発期間込みなら丸4年。

 人手不足のため補助どころか開発の一端を任されて、気がつけばアキこと昭雄、ハルこと治雄の緒方兄弟は、このプロジェクトにどっぷり首まで浸かっている状況だった。







 真っ黒い装備で固めたアバターと、真っ赤な装備で固めたアバターの二人が、新規ダンジョンの最深部、ボス部屋前で作業をしていた。


 黒い方はアキのアバターで、クラスは暗黒竜騎士。

 赤い方はプログラマー仲間「辛家からや 信士しんじ」のアバターで、クラスは竜斧戦士。

 共に竜の名を冠した、ゲーム内における最上級クラスにあたる。


 画面上のコントロールですべて済んでいた時代と違い、今はデバックのためにも実際にダイブして、アバターを動かさないと確認できない。

 通常のデバック用アバターといえばチート性能で固めたのっぺらぼう、通称「マネキン」だが、アキ達古参は使い勝手のいい最強アバターを作り上げ、専用で使っている。


 そんな彼らは本日、新イベントのためのデバック作業に勤しんでいた。

 辛家は緒方兄弟と同じ時期に参入したプログラマーで付き合いが長く、アキからすればかなり気安い関係だ。

 いちいちお互いの作業のすり合わせなどせずに、視界に表示した半透明の可視ウィンドウを確認しながら、動作不良部分を直に手元に出したミニボード入力で書き換えていく。


 ゲーム内における根幹部分、つまりはフィールドなどの地形構成、世界の昼夜と天候の制御、アバターの成長と行動制御、音声やBGMの制御をメインプログラムという。

 ダンジョン、都市や村、イベントなどのメインプログラム内における設置物の制御や、戦闘およびモンスターモジュールの制御は、補助プログラムだ。


 アキ達下請けは主に、この補助プログラムを扱う。

 とは言っても、本来ならこういったダンジョンのデバックは、対象の中で修正せず、一旦外に出て慎重に行うのが常識だ。フルダイブの脳波に、どんな影響を与えるかわからないからだ。



 それでも行うのには訳がある。

 時間が、とてつもなく押しているのだ。



「もういっそ、アキがリーダーしなよ、なぁ、そうしよう。いや、この際俺でもいい。というか、ヤツ以外ならもう誰でもいい」

「ムチャ言うな」

「だってよぉ、ぜんぜん使えねぇんだもんよ。なんでもかんでも上にお伺い立てしないと決断できねぇリーダーなんて、いらねー」


 ブチブチ文句言いながらも、入力を続ける辛家の指は止まらない。それに応えるアキも入力部分をひたすらチェックしていく。

 イベント開始まで残り半日を切ったのに、まだイベントボスの調整が終らないのだ。



『アルタートゥームの幻想竜』開始2周年を飾るイベントの目玉は、上級者向けに作られた高難易度のワールドクエスト。文字通り、世界を駆け巡ることになる。

 強敵を倒す順番から、ダメージ総数、クエスト進行度などをランキングで競うハードな内容だが、賞品はレア武具・防具の大放出で、賞金総額は現実の5億円を超える。運営会社はこのイベントを機に、更なる顧客を増やそうと息巻いていた。


 本来ならじっくり作りこむべきこの一大イベントを、下請け業者たちは突貫工事並な状況で構築していた。

 せめて、3日前に仕様書だして欲しかった、というのがアキだけでなく、現場スタッフ全員の心の声。


「ボスのイベントひとつ満足に書けないで、なんで開発のヤツラはあんなにエラそうなんだかねっと! よっしゃ、コレでどうよ?」

「…ん、イケそうだ。ハルが戻ったらもう一戦だ」

「あいよー」


 二人は作業終了したミニボードを消すと、その場に座り込んだ。

 もう2日も缶詰だ。規定で連続ダイブは禁止されているが、それでは仕事が終わらない。寝食以外はほぼ潜りっぱなしときた。


「そういやぁアキ、こいつデザインしたのじん監督じゃないらしいぞ」

「……あのウルサイ監督がよく許したなぁ」

「許すも何も、通してないっぽい」

「!? マズくないかそれ」


 じん いたるは『アルタートゥームの幻想竜』の美術監督で、トータルデザインの総責任者だ。ただし外部の人間なので、開発部所属ではない。

 監督とは得てしてそういうものだが、神は特に頑固で、自分の思い描くイメージに合わない案は断固として許さないことで知られている。

 当然のことながら、開発部と監督は折が悪い。


「だからか。コイツの攻撃エフェクト重ね過ぎだ。重すぎてズレが出るからリズムが合わんし防御しずらい。サポートだけじゃ、ほぼ無理ゲーだぞ」

「あー…言われてみれば。監督の調整、マジ神だもんなぁ。まぁそれでもどうにかしちゃうアキ君ステキーだいてー」

「うるせーよ」


 二人してゲラゲラ笑っているところへ、床の転送魔法陣のエフェクトが輝きだし、白一色の装備で固めたハルのアバターと、扇情的な紫の装備の女性アバターが出現した。


「おまたせー、助っ人連れてきたよ」

「おはよう! こっち終わったから手伝いにきたよ! どんなカンジ?」


 ダレていた辛家が威勢よく立上り、女性アバターに両手を広げて駆け寄った。


「ナナミ様マジ女神様! 好きです結婚してください婿養子でいいから! そして俺も晴れてオガタズの一員に! 緒方 信士いいんじゃね?」

「カラヤン、仕事しよ?」


 容赦なく辛家を殴り倒した女性アバターはプログラマー仲間で「緒方おがた 七海ななみ」、緒方兄弟とは縁もゆかりもないただの同姓だが、紛らわしいので緒方姓の者は全員名前で呼び合うことになっている。

 七海のクラスは、竜魔拳士。ハルのクラスは、竜魔導師。

 やはり竜の名を冠した最上級クラスにあたる。


「そんなに緒方姓になりたいなら、アキ君たちんとこに養子に入りなよ」

「ノォォォッ!」

「お前らもういいか? ハル、上はなんだって?」

「突っぱねられたー」

「だめかー」

「責任者マジこいよなー」


 男3人肩を落とす。それだけで、七海にも状況が察せられたようだ。


「仕様変更の提案?」

「それがさ、開発の人が出張ってて、まったく話にならなかった」

「あらら」


 御愁傷様、と七海。だが話はそこで終わらなかった。

 

「管制室につめてた子が教えてくれたんだけど、どうも監督に無断でいろいろ仕込んでたみたいで、それの不具合があちこちで引っ掛かってるんだって」

「「「うわぁ」」」


 予想外の状況に、全員言葉も無い。

 タイムリミットが迫ってるこの状況で、それはないだろう。

 イベントはランキング制なので、不具合で集計が正常にいきませんでした、では話にならない。

 きっと今頃、百人近くいる作業員たちが総出で走り回ってるはずだ。


「コレをチャチャッと終らせて、他のサポートに回れっていうことだねっ」

「ナナミちゃん、いつも鬼畜発言ありがとう」

「そんなナナミ様もステキーッ」

「もうお前黙れよ」


 ボス初見の七海のため、アキが可視ウィンドウに仕様書を表示しながら説明する。


「コイツは見ての通り邪龍のヘビータイプで、攻撃パターンはDーMクラスの重種5型変形モデル、聖属性ボーナスタイプだ。

 口上と戦闘開始の演出チェックは終わってるから、開始早々に叩き込んでくれ。レイドボス(複数パーティで挑むボス。最大28人参加できる)だから単体攻撃は焦点が甘くしてある。多少食らってもこのアバターなら問題ない。数発ですぐ第二次形態、最終形態に移行するから、そっからだ」

 

 トリを飾るボスだけに、こだわりは多い。そしてきちんと動作することが大前提だ。

 モンスターモジュールの動作ひとつひとつ、重なるエフェクトや効果音のタイミング、どれもがわずかにズレるだけで格好がつかなくなってしまう。


「面倒だが、さっきまでのチェックを兼ねて最初からいくぞ。それと瀕死の演出がどうにも不安定だから、たぶんそこいらで一旦止めるつもりだ。累積ダメージ見ながら加減してくれ」

「りょーかいです、班長!」


 アキに向かって敬礼する七海。なぜか辛家も一緒にビシッと決めている。

 もちろん、班長になった覚えはない。


 デバックなので、全員可視ウィンドウにデータ表示し、各自がチェックする項目の分担を確認。不具合部分をマーキングするツールをスタンバイ。


「だいぶ修正したから、あとちょっとだよー。がんばろー」


 ハルが笑顔で締めくくり、いよいよボス部屋突入だ。




知ってることも、知らないこともソレっぽく。


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