転・・・・逃亡
神殿から抜けたメーランは大学構内を急いで見回した。とりあえず、食堂に逃げた方が良いと思った。人が沢山いるから、そこでは容易に殺せまい。
食堂の入り口に着いた。と、そこに、扉を抜けて白スーツの青年が現れた。運命の使者だ。
メーランは息を飲んで引き返して逃げた。使者の青年は「ここにいるぞ!」と叫んで、追いかけた。
息急き切って走るメーランを見て、ある者はひそひそ話し、ある者は呆然とし、ある者は「どうした?」と訊ねかけた。メーランはそれにいちいち反応する訳にもいかず、とにかく走り抜けた。背後から数人もの運命の使者が、こちらを殺しにやってくる。銃声が響いた。一瞬耳をかすめたような気がして、ぞっとした。
メーランはひとまず大学を出た。恐らく奴らはそれでも街内で彼を探し回るだろうが、時間稼ぎにはなる。彼は大学から少し離れた、広い金属の廃棄場の隅に隠れた。傍に小さなパイプがある。彼は思った。こっちがやられる前に…やるしかない、と。
やがて、すぐに運命の使者が一人現れた。矛を持っていた。柄まで金属製だ。使者はゆっくりと、どこかに死ぬべき者がいないか探しながら練り歩いた。金属の山を覗き、ひっくり返しもした。
メーランは鉄パイプを持って隠れながら構えた。このまま去ってくれれば一先ず安心である。やがてメーランは鉄パイプを持つのに疲れ、持ち変えようとした、その時、鉄パイプが他の金属廃品に衝突し、がちゃり、と音を立てた。メーランは一気に冷や汗をかいた。使者が気づいた。矛をもってこちらに近づいた。メーランはパニックになった。いずれはバレるに違いない…バレたら至近距離だから確実に死ぬ。
メーランは叫んで、鉄パイプを持って使者に迫った。使者も矛を持ってこちらに突進した。無我夢中でメーランは使者の矛を強く払った。使者とメーランは衝突した。メーランは金属廃品の山に背中がぶつかっただけだが、使者は後ろにのけぞって地面の小さな鉄片に頭を打って昏倒した。
その直後に、恐らくさっきの使者が通報したのだろう、次々と使者らが現れた。その数6人。これは勝ち目がない、とメーランは判断し、再び逃げる事にした。廃棄場の塀を登り、入り口とは反対側に逃げた。道の右を行き、左を行き、なんとか5人ほど撒いたのだが、一人、駿足の者がいて、走っても走っても、白スーツの使者が、駿足独特の美しいフォームで追いかけてきた。
気がついたら大通り。メーランの目の前で車が何度も掠めた。メーランはすぐ見回した。側に立派な歩道橋が建っているのが見え、メーランは急いでその階段を登った。
だが、突然腕を捕まれた。
「わっ!」
振り返ると、人形のように端正な使者の顔があった。使者はメーランの全身を橋の欄干に押さえつけて言った。
「下を見ろ。」
体を捕まれながらもがきながらメーランは拒んだ。
「下を見ろ!」
使者は強引にメーランの首を橋の外に押し出した。
「わあっ!」
メーランは肩で使者に抵抗しながらも、橋の下が見えてしまった。橋の下の道路には次々と高速に車が過ぎ去っていく。ここから落ちたら轢き殺される…とメーランが冷や汗を掻いた時、使者が言った。
「見たまえ。ただ車が走っているだけに見えるがそうではない。車達が走りながら、橋の君を轢こうと待ち構えているのだよ。獲物を求めるピラニアのように。」
メーランは恐怖で目の前がぐるぐる回るように感じた。車が僕に牙を剥いている。
「そうだ。今や偶然自然の現象すら君が死ぬのを待ち構えている。もはや、つまりそれは定めだ。運命だ。我々はそれを助ける存在。しかしなぜ拒むのだ?君の死は運命に祝福されている。喜んで死ねばいいものを。」
メーランは今にも落とそうとする使者を抵抗しながら死に物狂いで言った。
「…それは…本当の神…の祝福では…ない…本当とは…認めない…」
「ふん、あくまで自分のエゴを突き進めるつもりだな。この世界の登場人物の癖して。では尚更死ぬべきだ。」
使者が突き落とそうと力を準備した、その隙に、メーランは使者の腕をつかんで背中から投げた。
「わああああ!」
使者は橋の外へと転げ落ち、地面についた途端たちまち車が使者に群がって骨の髄まで使者を漁り尽くした。
そして別の5人の使者がメーランを発見して歩道橋を上がってきた。メーランは急いで逃げた。歩道橋を降りて、すぐ傍に小さな美術館があった。無料で美術展をしていた。メーランはそこに逃げた。
さすがに美術館内で殺人なんて物騒な事はしないらしい。使者達は美術館の外で立って見張っていた。恐らくあらゆる出口が見張られているだろう。八方塞がりと意識しつつ、メーランは美術館で一休みする事にした。美術館にはさまざまな大理石の石造が静かに置かれていた。
そして考えた。まず、永久に逃げられない。灰色の街は高い高い壁に覆われている。どこまで逃げても永久に追いかけられるだろう。“神”のご意志により…
そもそも、“神”とは何者なのか。灰色の街で崇められる存在。秘められた存在。しかし、何故か自分を殺したいらしい。何故か。自分が何の悪い事をした。それは死に値するのか。
(それは、死刑囚の悪人ですら思う事だよ)とジャヌーイ教授の声が頭の隅で聞こえる。(善人にも悪人にも、同様に死は来る。君は殺されて死ぬと運命づけられただけだ。ごく当たり前の真実を君は避けているだけなのだよ。)
その思念を、うるさい、とメーランは思った。違うのだ。他が何て言おうとあれは真実じゃない。僕にとっては強引だ。僕にとっては真実じゃない。そうだ。真実じゃない。
「あくまで認めないつもりらしいじゃないか。」
本当のジャヌーイ教授の声が聞こえてメーランは驚いた。気がつけば美術館内には、美術品の石造と教授とメーランしかいなかった。教授が話す。
「君があまりにも運命を認めないと、彼らから話を聞いたよ。そうだ。どうしてだ?私が話そうじゃないか。大丈夫。ここは美術館。私は君を殺しはしない。」
今度は説得するつもりなのだな・・・とメーランは悟った。




