第8話 効いた数と、倒れた数
公開説明会は、王都庶務局の会議室で開かれた。
名前だけは穏やかだが、実態は吊し上げに近い。
出席者は多い。
治療院、冒険者組合、商人組合、薬師組合、レオン工房、王都庶務局。壁際には、興味本位の冒険者まで立っている。
私は机の上に三つの帳面を置いた。
薬歴帳。
回収台帳。
製造記録の写し。
レオンは少し離れた席に座っていた。腕を組み、表情は険しい。だが逃げてはいない。
庶務局の担当官が咳払いをした。
「本日は、銀月七番の一時販売停止について、関係者から説明を受ける。まず、神託の薬剤師マオ殿」
神託の薬剤師。
その肩書きはやめてほしい。聞くたびに少し恥ずかしくなる。だが今は、訂正する場面ではない。
「銀月七番を飲んだ後、高熱、発疹、震えを訴えた患者は八人です」
室内がざわつく。
「当初は五人でしたが、回収告知後に三人が申し出ました。全員、同じ製造週の瓶を使用しています」
商人組合の男が手を上げた。
「八人でしょう。銀月七番はその週だけで三百本売れている。大半は問題なく使われた」
「はい」
私はうなずいた。
「大半は効きました」
「ならば、止めるほどではないのでは」
「いいえ」
帳面を開く。
「薬は、効いた数だけで評価できません。倒れた数も見ます」
室内が静まった。
「三百本のうち、八人に重い副作用が疑われます。率にすると約二・七パーセントです。前世の基準をそのまま持ち込むつもりはありませんが、命に関わる薬でこの数字は無視できません」
「二・七……」
庶務局の担当官が数字を復唱した。どうやら割合の計算には慣れていないらしい。
私は紙に丸を百個描いた図を示した。
「百人のうち、二人から三人が倒れる計算です」
冒険者たちの顔が変わった。
数字だけでは遠い。
百個の丸の中で、赤く塗られた三つを見ると近くなる。
ガルネが低い声で言った。
「うちの若いのなら、百人どころか一晩でそれくらい飲む」
「だから止めました」
薬師組合の老人が口を開いた。
「原因は古い月光草なのか」
「可能性が高いです。ただし断定には追加調査が必要です」
「断定できないのに、レオン殿の名を傷つけた」
レオンがそこで手を上げた。
「構わない」
全員が彼を見る。
「問題の週、古い月光草を使ったのは事実だ。下処理を弟子に任せ、私が確認しなかったのも事実。製造記録が不十分だったのも事実だ」
室内の空気が揺れた。
チート錬金術師が、自分の不備を認めた。
その意味は大きい。
レオンは続けた。
「私の薬で助かった者はいる。だが、倒れた者もいる。助かった者の数で、倒れた者を消すことはできない」
私は少しだけ息を吐いた。
この人は、折れたのではない。
薬を作る人として、立ち位置を変えたのだ。
◇
議論は長引いた。
商人組合は補償の話をした。薬師組合は管理権限の話をした。冒険者組合は現場の混乱を心配した。庶務局は、誰が書類を保管するのかで頭を抱えた。
私は一つずつ答えた。
「まず、冒険者組合販売所で扱う強力ポーションから、製造番号を付けます」
「番号?」
「作った日と工房が分かる番号です。問題が起きた時、同じ番号の瓶を探せます」
「瓶にそんな細かい字を書くのか」
「ラベルに書きます」
「またラベルか」
誰かがうめいた。
ミーナが壁際で小さく拳を握った。ラベル仲間が増えて嬉しいらしい。
私は一瞬だけ胸を張りかけた。
薬剤師としてではない。ラベル普及担当としてである。職業人生の方向が少しずれている気もするが、患者が助かるなら問題はない。
「次に、添付札を付けます」
「添付札」
「一回量、使用間隔、併用注意、保存方法を書いた札です」
商人組合の男が顔をしかめた。
「そんな札を付けたら、包装の手間が増える」
「はい」
「価格が上がる」
「少し上がるかもしれません」
「売れなくなる」
「倒れる人が減れば、信用は上がります」
レオンが口を挟んだ。
「私の工房は添付札を付ける」
商人組合の男は黙った。
ブランドの本人がそう言えば、反論は弱くなる。
「最後に、副作用報告の窓口を作ります」
庶務局の担当官が嫌な予感の顔をした。
「どこに」
「治療院と冒険者組合の両方です。報告は月ごとに庶務局へ」
「庶務局へ」
「はい。王都全体の記録として残します」
「人員が」
「最初は少なくて構いません。報告用紙を統一します」
担当官が頭を抱えた。
だが、彼の隣にいた若い書記が、小さく手を上げた。
「用紙なら、私が作れます」
庶務局の担当官が彼女を見た。
「リズ、お前」
「清掃局の分別回収でも、用紙統一で苦情が減りました。たぶん、薬でもできます」
私は思わず彼女を見た。
王都の清掃局。
どこかで、別の凡人枠が作った仕組みが動いているのかもしれない。
世界は、少しずつ書類でつながっている。
◇
説明会の終わりに、庶務局の立会いで、関係者は暫定運用に合意した。
正式な法ではない。だが、冒険者組合の販売所で扱う条件としてなら、今日から効かせられる。
一、銀月七番の問題ロット、すなわち同じ製造週の瓶を回収する。
二、今後、王都内の冒険者組合販売所で扱う強力ポーションには、製造番号と添付札を取扱条件とする。
三、副作用が疑われる症例は治療院と冒険者組合へ報告する。
四、薬事管理の正式制度を検討するため、臨時の薬事台帳を作成する。
薬事台帳。
その言葉を聞いた時、私は前世の電子カルテ画面を思い出した。
青白い光。無数の項目。警告ポップアップ。面倒で、重くて、それでも人を助けていた仕組み。
この世界にはまだない。
だから、紙から始める。
会議室を出る時、レオンが隣に並んだ。
廊下には、銀月七番で倒れた患者の一人が立っていた。
若い女性冒険者だった。発疹の痕がまだ首元に残っている。彼女はレオンを見ると、少し迷ってから頭を下げた。
「あなたの薬で、前に命を拾いました」
レオンが立ち止まる。
「今回、倒れもしました。でも、前に助かったのは本当です」
「……すまなかった」
「謝ってほしいわけじゃありません。次の人が、私みたいに倒れないなら、それでいいです」
それだけ言って、彼女は去った。
レオンはしばらく動かなかった。
効いた数と、倒れた数。
その両方が、いま同じ廊下に立っていた。
「君は、私の薬を嫌っているわけではないんだな」
「嫌っていたら、回収だけして終わりです」
「では、何をしたい」
「良い薬が、良い薬のまま患者さんに届くようにしたいです」
レオンは少し黙り、それから言った。
「面倒な仕事だ」
「はい」
「報われるのか」
「たまに」
「たまにか」
「薬剤師なので」
レオンは声を出して笑った。
初めて聞く、怒りのない笑いだった。




