第5話 飲み合わせという見えない刃
飲み合わせの問題は、冒険者組合から来た。
昼過ぎ、受付に駆け込んできたのは、青いローブの魔法使いだった。年齢は二十代半ば。顔色が悪く、額には汗が浮いている。
「心臓が、変です」
それだけ言って、椅子に崩れ落ちた。
名前はセラ。Bランク冒険者。魔法攻撃を専門にしている。脈は速い。手は震えている。瞳孔も少し開いている。
「今日、何を飲みましたか」
ミーナが薬歴帳を開く。
セラは苦しげに笑った。
「魔力増強薬を、朝に一本。昼前に眠気覚ましを半分。あと、昨日から喉が痛かったので、治療院でもらった青い咳止めを」
「他には」
「宿で売っていた集中薬を少し。試験前の魔導院生が飲むやつです」
私はペンを置いた。
「それは少しではありません」
「量は少しです」
「種類が多すぎます」
セラは本気で不思議そうな顔をした。
「でも、どれも別の効果です。魔力、眠気、喉、集中」
「身体は一つです」
前世でも、この説明を何度したか分からない。
患者は症状ごとに薬を分けて考える。頭痛薬、胃薬、風邪薬、サプリ。だが、飲んだ後は同じ胃に入り、同じ血流に乗り、同じ肝臓や腎臓を通る。
身体は薬の収納棚ではない。
分類して並べても、中に入れば全部同じ人間で処理することになる。
魔法の薬といえども、効果はしばらくすれば薄れる。ならば、どこかで分解され、外へ出ているはずだ。肝臓や腎臓に近い働きがあるのか、それとも魔力が巡る流れで別に処理されるのか。
このあたりは、そのうち人を集めて調べたい。治療師、薬師、魔導院の研究者。私一人の勘で決める話ではない。
この世界なら、薬は血だけでなく、魔力の流れにも乗るのだろう。治療師たちはそれを魔力循環と呼ぶ。身体の中を魔力が巡る道、くらいの意味らしい。
前世にない通り道でも、原理は同じだ。
「院長、魔力増強薬と眠気覚ましは、どちらも循環を上げますか」
「ああ。身体と魔力の流れを速くする」
「集中薬は」
「神経を研ぎ澄ませる。心拍が上がることもある」
「咳止めは」
「眠気が出る。人によっては息が浅くなる」
私はセラに向き直った。
「今、身体の中で、進めという薬と止まれという薬が同時に動いています」
「……それ、危ないんですか」
「危ないです」
セラの顔が青くなった。
脅したいわけではない。だが、ここは曖昧にすると再発する。
「今日は追加の薬を出しません。水分を取って、安静。魔法使用は禁止。脈が落ち着くまで治療院で見ます」
「依頼が」
「禁止です」
「でも、私が抜けたらパーティーが」
「あなたが倒れたら、パーティーはもっと困ります」
セラは言い返そうとして、口を閉じた。
たぶん、心当たりがあるのだろう。強い人ほど、自分の身体を道具扱いする。前世の病院でも、医師や看護師ほど受診が遅れた。
(人を助ける人ほど、自分を雑に扱う)
それは世界が変わっても変わらないらしい。
◇
夕方、私は薬棚の横に新しい板を置いた。
飲み合わせ注意表。
といっても、まだ粗い。薬の組み合わせを全部網羅することはできない。まずは危険度の高いものだけだ。
魔力増強薬と眠気覚まし。
強心薬と集中薬。
鎮静薬・眠り薬と酒。
痛み止めと眠り薬。
そして、万能ポーションの連続使用。
ミーナが板を見上げる。
「酒も薬に関係あるんですか」
「あります」
「冒険者の人、怒りませんか」
「怒るでしょうね」
「ですよね」
「でも、書きます」
冒険者に酒を控えろと言うのは、前世で患者に塩分を控えろと言うのに近い。正しいが、嫌われる。
嫌われても言う。
薬剤師は、好かれるためにいるわけではない。
そこへ、冒険者組合の副組合長が来た。
大柄な女性で、名前はガルネ。片目に古い傷がある。彼女は注意表を一瞥し、低く唸った。
「うちの連中に、これを守れと?」
「はい」
「読まないぞ」
「でしょうね」
「それでも書くのか」
「読んだ人から助かります。読まない人には、受付で聞きます」
ガルネはしばらく私を見ていた。
「あんた、冒険者に嫌われるぞ」
「前世でも、患者さんに嫌われることはありました」
「それで続けたのか」
「はい。嫌われた翌月に、その患者さんの腎機能が改善したこともありました」
「ジンキノウ?」
「血をこして、余分なものを外へ出す、身体の濾し布みたいなものです」
「身体の濾し布か。なるほど、少し分かった」
ガルネは笑った。
笑い方が豪快で、治療院の職員が少し驚いた顔をする。
「いいだろう。冒険者組合にも同じ板を置く。ただし、字だけでは足りん。絵を入れろ」
「絵」
「うちの若いのは、細かい字を読むと寝る」
「寝るだけなら、まだ安全です」
「違いない」
こうして、飲み合わせ注意表に絵が入ることになった。
酒瓶と眠り薬には、大きな黒いばつ印。
魔力増強薬と眠気覚ましには、心臓の絵。
万能ポーションの連続使用には、瓶を三本並べ、その横に倒れた棒人間。
ミーナ作である。
「この棒人間、ちょっと可愛いですね」
「倒れてる人を可愛くしないでください」
「すみません」
だが、不思議と目立った。
翌日、冒険者組合の受付に貼られたその板の前で、若い冒険者たちが笑っていた。
「おい、三本飲むと倒れるぞ」
「じゃあ二本なら」
「いや、たぶん駄目だろ」
「マオさんに見つかったら怒られる」
怒る人扱いになっている。
不本意ではない。
セラは三日後、治療院に礼を言いに来た。顔色は戻り、手の震えもない。
「依頼を一つ断りました」
「良い判断です」
「仲間に怒られると思ったんです。でも、事情を話したら、休めと言われました」
「良い仲間ですね」
「はい。……私、薬で無理をしていたんですね」
「薬は、無理を消すものではありません」
セラは少しだけ笑った。
「その言葉、冒険者組合の板にも書いた方がいいですよ」
私は薬歴帳に記録を残した。
魔力増強薬、眠気覚まし、集中薬、咳止め。併用による動悸、振戦。
その下に、再発防止策。
飲み合わせ注意表、冒険者組合へ掲示。
さらに、ガルネの提案で「出発前確認」が始まった。
冒険者組合の受付で、依頼票を渡す前に聞く。
「今日飲んだ薬は」
「持って行く薬は」
「酒を飲んだか」
最初の三日は、若い冒険者たちが露骨に嫌な顔をした。
「母親かよ」
「違う。受付だ」
ガルネは一言で黙らせた。
四日目には、受付の前で薬瓶を見せ合う冒険者が出てきた。五日目には、飲み合わせ注意表の棒人間を真似して倒れる者まで出た。
ふざけている。
だが、見ている。
前世でも、ポスターは笑われながら覚えられた。完全な理解でなくても、最初はそれでいい。
たった一行の対策だ。
だが、その一行が次の誰かを止めるかもしれない。




