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09. Miss the Train Spending Time with You

 先刻、駅長室に別れの挨拶を言いに行ったら、「二度その面見せんな、バカガキ」といきなり暴言を吐かれた。


 無事退院した親方は、少しだけふっくらした手で、アームストロング号の模型を弄んでいた。相変わらず髪からはフケが落ちてるし、髭の長さは揃っていない。残念ながら、病院で不潔は治せなかったらしい。


 弟子の門出にケチをつけれて満足したのか、親方は胡乱な目で、ああでもないこうでもないと、僕には一生理解できそうにない議論を一人で展開し出した。このアブない人が、火の大陸に八つしかない名門侯爵家の出身だと聞かされても、百人中百人が信じないだろう。


 僕は尋ねた。


「ねえ、親方は今幸せ?」

 僕の最後の質問に、親方はバカガキが、といつものように言った。机の上の設計図を掻き分けて作ったスペースで、コーヒーが湯気を上げている。


「俺はこいつの改良で忙しいんだ。幸せだのなんだの考えている時間はない」


 親方は小さな線路の上に模型を置き、太い指で押し出した。


「バカガキ。お前の魂胆はともかく、この俺がここまで骨を折ってやったんだ。天才の目が見込み違いだったなんて結果を出しやがったら許さんからな」

「……分かってる。天職にするよ。今までありがとう、親方」



 列車が動き出す。


 車輪の力強い駆動が、肘をついた窓枠にまで伝わってくる。前に引っ張られる感覚がして、景色が後ろへ流れ出した。慣れ親しんだホームが遠ざかっていく。


「ごめんなさいねえ、ごめんなさい」

 窓の外の景色を眺めていると、ばたばたと慌ただしい音がして、空いていた隣の席に誰かが座ってきた。あれアスター、と女性の声に呼ばれて振り返る。


「偶然だね」

 チャクト・ベルのミザリーおばちゃんだった。今日は謎の球体をつけていない。ということは、私用でアームストロング号に乗車したのだろうか。


「席を間違えてしまってね。ったく、もう少し分かりやすくしてくれてもいいのにねえ。アスターから親方さんに言っといてくれないかい」

「自分で言ってよ。僕、二度と面見せんなって言われてるから」

「まったく…‥また喧嘩したのかい」


 訂正するのも面倒なので、僕は何も言わなかった。仲直りしろと鼻息荒く僕に詰め寄るおばちゃんの視線が、窓の外の一点で止まる。おやと指を指す。


「あれ、イブニじゃないかい」

「え」


 慌てて外を見ると、本当だ。僕のコートを引っかけたまま、イブニが走って列車を追いかけてきていた。追いつけるわけがないのに。足をもつれさせながらホームを走り、ホームが途切れたら飛び降りて、線路に沿って走ってくる。


 アスター!


 イブニの口が動いている。声は聞こえないけれど、僕の名を呼んでいるのだと分かる。


「イブニ」

 気づけば僕は立ち上がり、両手を窓に押しつけていた。


「お前の幸せを、幸せと思えなくて、ごめんね……」


 手を引き引かれて、盗賊たちから逃げた。一緒に駅で働いた。マリルーネの街で遊んだ。イブニの過去を聞いた。ジャックについて相容れなかった。


 辿ってきた線路は違えども、イブニ・オンスゴットの線路は、たしかに僕の線路と交わった。だけど、進みたい線路が違うから、僕らは一緒にはいられなかった。


 あの街に残って幸せになれるとは思えない。イブニが見出した線路に僕は共感できない。

 だから、別れの時、何を言えばいいのか分からなくて、いつもみたいに取り繕った言葉だけかけてイブニから逃げた。


 追いすがるイブニの姿がだんだんと小さくなっていく。丈の長いコートの袖から、緑の蔦が伸びるのが見えた。もう表情も見えないくらい距離が開いてしまったけれど、あいつが必死の形相をしているのは分かる。


 アスター!


 蔦が列車に届くことはなかった。転んで地面に叩きつけられたイブニの姿が見えなくなるまで、僕は頬を伝う熱いものを拭いもせず、進行方向と逆に伸びる線路を見つめ続けた。


「街を出るんだね。アスター」


 力無く椅子に座り直すと、真っ白なハンカチが差し出された。目尻の皴を深くしたミザリーおばちゃんが、僕の頭を撫でてくる。


「あんなに別れを惜しんでくれるなんて、良い友達じゃないか」

「……友達」


 髪を優しくかき回す手を払い、僕は乱暴にハンカチで目元をぬぐった。ハンカチには翼のように広がる二つの三角形と、その間に走る一本線が刺繍されている。チャクト・ベルが祀る女神さまの紋章だ。


「僕とイブニ、友達になれてたのかな。だって、僕ら全然違った。僕、イブニが嫌いなものを好きになっちゃった。だから、別れなくちゃいけなくて」

「そうかい? 友達にしか見えないけどね」


 ミザリーおばちゃんは僕の手から皺だらけになったハンカチを取り上げた。


「別れを惜しむ心が同じなら、それは友達じゃないのかい?」


 ああ、とまた涙が零れた。再び頭を撫でだした温かな手を、今度は振り払えなかった。

 顔をくしゃくしゃにして、僕は泣いた。他の乗客の視線も気にならなかった。


 アームストロング号は否応なしに僕を前へと連れて行く。願わくは、進み、時には押し流され、切り替わっていったその線路の先に、お前もいますように。

 お前に言うべき言葉は、お前から言われるべき言葉は、きっと二度目の再会の時にある。


「女神はあまねく旅を祝福される。ボン・ヴォヤージュ、アスター」

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