表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/62

05. 思いがけない岐路

 詰所から解放された後、二人で親方の見舞いに行った。親方はまだ目を覚まさない。眉を顰めた寝顔をしばらく無言で眺め、どちらともなく帰ろうと言った。


 通りを歩いていると、僕ら、というよりイブニを見て、ひそひそと囁きあう奴らが目につく。イブニの顔から次第に色が失せていくのをみかねて、僕は話題を捻り出してあれこれ話しかけた。だけど、僕の方も結構参っているからか、会話はうまく続かない。


 結婚式の熱と一緒に夏も弾けてしまったのか、吹きつける風は冷たく、上着の前を合わせて歩いた。季節は秋に差しかかりつつある。秋は月の季節だ。空気の澄んだ夜、大きな満月の下を走るアームストロング号はそれは美しいのだけど、しばらく見ることは叶わないかもしれない。


 もしかしたら、永遠に。僕はふと弱気になった。


 騎士団の詰所から出る前、カラルクに呼び止められたことを思い出す。



 アスター、とカラルクは彼にしては珍しく、迷っているような顔で声をかけてきた。


「お前、騎士になる気はないか?」


 僕は耳を疑った。僕の人生で、職人以外にならないかと言われたのは初めてだった。


「どうして急に? 僕、騎士になりたそうだった? それとも光るモノを僕に見出したとか?」

「どっちも違う」


 即座に否定され、盛り上がっていた気持ちが萎む。そんなにきっぱり言わなくてもいいじゃないか。


「じゃあ、何で?」


 内心の落胆を押し隠して尋ねると、いつもきりりとしているカラルクの眉が下がった。また迷っているようだ。


「ジルベールが、お前を騎士に推薦してくれと言ったんだ。イブニを引き取る見返りに……」

「は?」


 自分でも驚くほど、空虚な声が出た。カラルクが慌てたように、手を顔の前で振る。


「もちろん、お前が希望すればの話だ。アスター、騎士と一口にいっても色んな騎士がいる。俺みたいに戦うしか能のない奴もいるし、作戦を立てたり、物資の管理をしたりする奴もいるし、魔獣の世話をする奴だっている。皆、自分の長所を活かして騎士やってんだ。お前だって……」


 カラルクの説明は、ほとんど頭に入ってこなかった。


 騎士になる? 僕が? 学校に行ったこともない、剣を振ったこともない僕が、騎士になって何をするの? 僕の長所……美貌と愛想笑いを活かして広告塔にでもなれと?

 そもそも、騎士とはエリート層、つまり強力な魔法を使える者が就く仕事だ。散々僕に魔法の才能がないと罵っておいて、騎士に推挙するなんて、何考えているんだあの不精髭ネズミ。


「…………はは」


 乾いた笑いが出た。何考えてんだよ、親方……。何で、僕に内緒で、僕を騎士にしようとしてるんだ。やめてよ。あんたはそんな大人じゃないでしょ。


「ピンとこなかったか。すまん、俺も弱気になってるみたいだ。忘れてくれ」

 カラルクが苦い顔になった。


「あいつが目を覚まさないもんだから……お前を使って、望みを叶えてやりたいって思っちまった。お前の将来はお前が決めるものなのにな。やってみたいことがあるなら、いつでも俺やあいつに言ってくれ。きっと力になるから」


 嘘だ。

 あんたは、強い強い正義の騎士様は、僕から最後の希望を奪おうとするんだろ。


「まずは、あいつを襲った奴とジャックを捕まえるよ」

「はいはいよろしく。職人の息子に粉かけてる暇なんてないからね。きりきり働いてよ」


 僕の激励は虫に食われたどんぐりみたいにスカスカだった。



 あいつが目を覚まさないものだから……。

 カラルクとの会話が、ぐるぐると頭の中を回り続けている。いつも気丈に振る舞っていた騎士の弱音は、僕をどうしようもなく不安にさせていた。


 親方が永遠に目を覚まさないかもしれない。そしたら、アームストロング・ラインはどうなる? 運休どころか廃線になってしまったら?


 そんなの嫌だ、嫌だよ。親方……。


「アスター!」

 耳元で怒鳴られ、僕は我に返った。イブニが心配そうに僕を見ている。


「大きな声出してごめん。ずっと呼びかけていたんだが、聞こえていなかっただろう。大丈夫か? カラルクさんと何を話したんだ?」

「親方のこととかをちょっと」


 言葉を濁した。そうか、と短く言ったきり、イブニは踏みこんでこなかった。


「……イブニは将来何になりたいとかあったりする?」

「アームストロング号の運転士になりたいと思っている」

「マジ⁉」

 何となく聞いたことに驚きの答えが返ってきて、思わず足を止める。


「本気だ。親方にも言ってある。字の読めないバカに、俺が作ったものの操縦をさせられるか、って言われたけどな。字が読めるバカになりますって言ったら、誰がバカのままで良いって言った、ってまた怒鳴られて……でも、それから勉強をよく見てくれるようになった」


 胸の奥でじゃり、と嫌な音がした。

 親方は、イブニが教養を身につけたら、自分の仕事を託してもいいと思っているんだ。僕のことは、厄介払いよろしく騎士にしようとしているくせに。


 親方とのやり取りを思い返しているのか、イブニはほのかに口元を緩めている。その表情を見て、ちっぽけな嫉妬心に火が点いた。


「でも、親方が目を覚まさなかったら……」

「え……」


 ……僕は何を言っているんだ!


 僕は激しい自己嫌悪に陥った。イブニはびっくりしたような顔をしている。


 これじゃ、これじゃまるで、親方が目覚めなければいいと、イブニが夢を叶えなければいいと言ったようなものじゃないか。違う、僕はそんなことは思っていない。

 僕は、親方みたいに、誰かがちょっと思い通りに動いてくれないからって、そいつが失敗すればいいと思ったり……


「そうだな……不安だよな」


 イブニが案じるような眼差しを僕に向けて言った。脳内の言い訳がぴたりと止まる。僕は自分を無性に醜いと思った。


「親方は絶対に目を覚ます」

 僕の失言を打ち消すように、イブニが言葉を重ねた。が、すぐに


「とは俺も言えない」

 また打ち消した。


 ちょっと、とイブニは僕を手招きし、早足で歩き出した。裏路地に入り、無秩序な道をすいすい進んでいく。半年ですっかり街に馴染んだ背中を、僕はただ追いかけることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ