06. 袋小路に差す光
イブニに先導されて辿り着いたのは、ミザリーおばちゃんの家の前だった。「ミザリーさんは春の事件から俺を気にかけてくれてな。時々ご飯をごちそうになる」とイブニ。
おばちゃんは留守のようだった。番犬代わりの魔獣のラックは、僕らの気配に気づいて瞼を持ち上げたけれど、イブニが軽く頭を下げると、脅威ナシと判断したのか、昼寝を再開した。
「ここならラックもいるし、安全だろう」
イブニは上着のポケットから小石くらいの大きさの物体を取り出した。物体を包むハンカチが慎重に開かれる。中から出てきたものを見て、僕は一瞬呼吸を忘れた。
「親方の家を探してて見つけた」
しわくちゃのハンカチの上に乗っていたのは、銀色のホイッスルだった。
アームストロング号の魔紋を駆動させるホイッスルは世界に二つしかない。一つは親方が常に携帯していて、その日の担当の運転士が出発直前に親方から受け取り、列車がギークの駅に戻ってきたら親方に返される。もう一つは親方の家にあるというスペアだけど、こちらは僕も見たことがない。
結婚式の日も、親方は運転士の先輩に渡せと、駅に行くイブニにホイッスルを預けていた。だが、僕と示しあわせたイブニは、先輩に断った上でホイッスルを持ち帰り、アイロンをかけた親方の礼服のポケットに忍ばせた。親方がカラルクの結婚式に姿を現さざるを得ないように。
最後のダメ押しのつもりだった。だけど、僕らはこの軽率な行動を後に大いに後悔することになる。
襲撃された親方の礼服のポケットに、ホイッスルは入っていなかった。騎士団に協力してもらって探しても見つからず、ホイッスルは忽然と消えてしまった。襲撃犯に持ち去られたというのが、騎士団の見解だった。
肝心のスペアの方も駅員で総力を挙げて親方の家を捜索しているものの、灰だらけの暖炉に、ゴミ箱と脱衣所の籠の中身をぶちこんだみたいな散らかりように、心を折られる者が続出中だ。
アームストロング号が現在運休しているのは、親方の不在や、二つの事件でついた悪評を引きずっている影響もあるけれど、ホイッスルの紛失こそが最大の原因だった。人はともかく物の運搬においては、アームストロング号は今やなくてはならない存在であり、ホイッスルと運転士さえ揃えば、いくら悪評が広まろうが運休まで追い込まれることは本来ないのだ。
だけど、魔法の呪文を代行する道具ーーー魔声器は特殊な技術が施されていて、一朝一夕で作れるものではない。しかも、親方がホイッスルをどこの魔声器工房に発注したのか誰も知らなかったから、代わりを用意することもできず、僕らはただ終わりの見えない家探しをするしかなかった。
僕が犯人は駅反対派だと考えていたのも、ホイッスルがなくなっていたことが大きい。犯人が誰であれ、列車の運行を邪魔してやろうという悪意を持つ人間なのは間違いない。
「こっちはたぶんスペアの方だ。見つけた時は随分汚れていたからな」
苦笑するイブ二を僕は畏怖を込めて見つめた。
「よく見つけたね。すごいよ、お前」
「随分苦労した。時間はあるから、ずっとできていなかった掃除も兼ねて探していたんだ。見つけてからも埃とか油でべとべとで、綺麗にするのが大変だった」
……いくら自分が機械油まみれだからって、貴重な魔声器にまで油汚れを伝染させないでほしい。あとスペアをしまっている場所くらい、誰かに教えておいてほしい。親方が目を覚ましたら言わなければならない文句がまた増えた。
イブニは光沢を取り戻したホイッスルを大切そうに握りしめ、「運転士の先輩に渡しに行くつもりだ」と僕に告げた。
「親方が助かるかどうかは、俺たちにはどうにもできない。だが、親方の大事なものを守ることはできる。一緒にアームストロング号をまた走らせよう、アスター」
イブニの言葉に、どうしようもなく胸が震えた。薄暗い路地にいながら、イブニの姿は光輝いて見えた。さっきまでは辛かった真摯な瞳が、今この瞬間はとても頼もしい。
「もちろん!」
どちらともなく僕らは手を差し出し、誓うように握手を交わした。力強い感触が返ってくる。出会った当初の、風に吹かれて消えてしまいそうな青年は、もうどこにもいなかった。




