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04. 黄金とは名ばかりの昔日

 黄金郷の伝説を知っていますか? 実際は郷、というより島なんですけど、その島にあるものは家から植物まで全て黄金でした。


 黄金郷の門は魔法で固く閉ざされていて、俺はその門を開く「鍵」の魔紋を代々身体に刻む一族に生まれました。何故、俺の一族がそんなことをしていたのかは俺も知りません。知っているのは、気が遠くなるほどの昔から、俺たちの一族が追われていたということだけです。


 イブニはぐっと唇を噛んだ。


「父さんも母さんも、二人を殺した奴も殺されました。俺は物心ついた時からずっと金の亡者たちにたらい回しにされていたんです。捕まって、別の奴に奪われて、また別の奴に閉じこめられて。俺を、黄金郷を奪うためにどれだけの人が死んだか」


 争いの果てに、黄金郷は滅びました。二十年前のことです。


「「二十年前⁉」」


 少なからぬ衝撃を受け、僕とカラルクは同時に叫んでいた。咄嗟に頭のてっぺんから爪先まで眺めまわしたけれど、僕と同年代の青年にしか見えない。一体どんな若作りをしているんだろう。ぜひ参考にしたい。


「……もしかして、俺やジルベールより年上だったりするのか? 敬語使ってなかったけど怒んないでくれよ」

「怒りませんよ。俺はその……実年齢は三十七歳なんですけど、見た目とか気持ちは十七歳なので、今までと同じように扱ってもらえたら助かります」


 本気で焦った様子のカラルクに、イブ二がようやく笑った。


 俺の年齢がおかしくなったのは、黄金郷が滅んだ時に魔法を受けて、二十年の間、黄金にされていたからです。俺だけでなく、その場にいた全員に同じ魔法がかかりました。

 黄金になってしばらくして、俺は黄金郷の跡地を訪れた怪盗ジャックに拾われました。


「怪盗ジャックだって⁉」


 ジャックとイブニの繋がりを知らないカラルクが、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。


「黙っててすみません。ただ、俺は手掛かりになり得る情報はほとんど持ってません。俺は『ジャック』の姿を見たことがないんです。声も……その、手掛かりにはならないかと」


 イブニの目が一瞬、ほんとに一瞬、僕を向いた。よく聞けよ、彼がそう言っている気がした。


 ジャックはいかれた奴でした。俺以外の黄金像を「美しくなかったから、全部溶かした」と笑ってました。皆、俺と同じで意識があったはずなのに。しかも、ジャックは俺にかかった魔法を解析して、人を黄金に変える魔法を使えるようになりました。そして、その魔法で、攫ってきた人たちを……黄金に……。


 過去を語る声が消え入るように小さくなった。


「俺も、死んだ人たちも、攫われた人たちも、黄金郷のせいで滅茶苦茶だ。黄金郷はもうないのに、犠牲者だけは増えている。盗賊たちだって、黄金郷さえなければ、あんな死に方をしなくてよかったかもしれないのに」


 イブニは泣いていた。誰のための涙なのだろう。自分か、両親か、あるいは黄金郷によって不幸になった全ての人か。流れる涙を拭おうともしない彼は、自分が泣いていることに気づいてないようだった。


 ようやくジャックの情報を聞けると高揚していた気持ちに冷や水をかけられた不快さと、イブニの過去をどこか娯楽のように捉えていたことへの後ろめたさが同時に襲ってくる。僕は泣いているイブニから目を逸らした。


 外の世界をどこか物語(くうそう)のように思っていた。イブニの過去があるのはその中でもとびきりのもの。退屈な日常なんてない、毎日が万華鏡みたいに目まぐるしく、鮮やかになる場所があると信じた。


 だから、そんな世界で不幸でしかない人がいたと知りたくなかった。だって、空想の世界にも、現実と変わらぬ不幸が、それに伴う心の痛みがあるのなら、僕が安らげる場所はこの世界のどこにあるというのだろう。

 目の前で苦しむ、空想から落ちてきた少年に寄り添いたいけれど、寄り添えない。だって、同情したら、イブニの境遇を僕が不幸だと感じたことになってしまう。慰めの言葉や涙をぬぐうハンカチは、「自分だったら」と他者を自分に置き換え、必要だと感じるから差し出すのだ。

 イブニの不幸を認めてしまったら、自分が信じて縋ったものが揺らぎそうで怖かった。


 僕は最低だ。


 動けない僕を振り返ったイブニが声を出さずに、分かっただろ、と口を動かした。


 俺が生きてきた世界は、怪盗ジャックは、お前が夢見ているようなものじゃない。

 空想から落ちてきた少年に、現実を突きつけられる。



 俺は時々気まぐれに口と耳だけ黄金化を解かれて、ジャックの話し相手をさせられていました。ただ、黄金像になってからは、意識が混濁していた時間も多くて、記憶が曖昧で……あいつと何を話したのかは思い出せないことも多いです。


 黄金になっている間は五感が働かなかったから、推測でしかないんですが、ジャックの留守中にアジトが荒らされて、俺は持ち出されたみたいです。それで、売り飛ばされて、オークションに流されて、会場で魔法が解けて……あとはカラルクさんも知ってる通りです。俺を保護して、親方に預けてくれた。本当に感謝してもしきれません。


 過去を話し終えて、大きく息を吐くイブニに、カラルクは重々しく頷きかけた。


「よく話してくれた。ありがとう、イブニ」


 誰も口をつけなかった紅茶はすっかり冷めている。それほど鮮烈で、長い物語だったのだ。


「親方を襲った犯人は」

 イブニが震える声で言った。


「犯人は黄金郷を狙っているんでしょうか? 春に襲ってきた奴らは、俺が鍵であることは知っていても、黄金郷が崩壊したことは知らないように見えました。誰も帰ってこれなかったから、今でも黄金郷はあると思われているのかもしれない。また、また黄金を、俺が」

「犯人の目的が何であれ、人に危害を加える奴が悪いんだぜ。お前のせいじゃないよ」

「そーそー。俺のせいだって言うの禁止! 親方だって、勝手に自分のせいにするな、天才の俺の時間を、お前ごときを慰めるのに使わせる気か! とか理不尽に言ってくれるよ」

「……はい」


 カラルクと僕が口々に言っても、イブニの顔は晴れなかった。


 カラルクは、イブニに護衛をつけるべきだと言い出した。


「イブニを狙う奴が潜んでいるかもしれないし、ジャックも街にいる可能性が高い。お前を見かけたら、取り戻そうとするかもしれないだろ」

「護衛は結構です。人手は親方を傷つけた犯人の捜索と、ソニアさんの護衛に回してください。身を守る術なら心得ています」

「嘘つけ。僕に披露してくれたなんちゃって剣術、ひっどいもんだったでしょ! あんなん相手をやっつける前に、自分をやっつけちゃうよ」

「そんなことない」

「そんなことありますー。カラルク、こいつのこと牢に閉じこめてでも守ってよ」

「任せろ。あっ、牢には入れないから安心しろよ」


 騎士は安心させるようにイブニに笑いかけた。


「ジルベールは守れなかったが、こんなことは二度と起こさない。俺たち騎士団がお前も、お前の周りも守る。しばらくは俺の家に来いよ」

「でも、奥さんが……結婚したばかりですし」

「いいっていいって。あいつ、俺が全然家に帰れてないからおかんむりでさ。相手してやってくれると助かる」


 イブニは新妻の身の安全を気にしているようだけれど、この騎士を尻に敷ける女傑、しかも親方と同門の貴族なら心配は無用だろうと、僕は密かに思った。


 カラルクが豪快に紅茶を飲み干したのを合図に、聴取は終了、解散となった。

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