03. 聴取
家に帰った僕は、「ただいま」の挨拶をせずに部屋にこもった。結婚式の日以来、ソニアに予告状が届いたことを聞きつけた両親は、外出するなとうるさいけれど、僕はその言葉を無視して連日親方の病室に通っている。顔を合わせれば、言い争いは必至だった。
気に食わないことはもう一つある。親方の一件ととある事情で、アームストロング・ラインは無期限の運休に追いこまれている。それと関係があるかは分からないけれど、ここ最近、両親はよく笑うようになった。三日月形に細められた目を見るたび、激しい嫌悪感が湧き上がってくるのだ。
ジャックとの繋がり、か。
ベッドに身を投げ出し、おじさんの言葉を反芻する。ある、と言い切れないのが歯痒かった。
それから数日後、カラルクに騎士団の詰所に呼び出された僕とイブニは、その一室で彼から聴取を受けた。
殺風景な部屋で、質素な机を挟んで質問攻めにあう。結婚式の日、どこにいたか、誰といたか。事件の前、駅や親方の周囲で変わったことはなかったか。
事件が起きてから、僕とイブニは何度も呼び出され、何度も同じ質問をされている。騎士団が誰を疑っているのか、嫌でも察するというものだ。僕はカラルクを睨んだ。
「騎士団もイブニを疑っているわけ? 僕やネリネがイブニを庇って嘘ついてるって?」
「ごめんな。上がうるさくてさ。あの日、俺もイブニに会ったっていくら言っても聞きやしない。ま、今日は俺もお前らに聞きたいことがあったから来てもらったんだけどな」
カラルクは口をへの字に曲げ、僕らが答えていく内容を書き殴った。
「お前らが犯人じゃないことは分かってるから、この辺は巻きで行くぜ。時間の無駄だ」
宣言通り、定型的な質問はすぐに終わった。紙の束を放り、さて、とカラルクが続ける。
「お前らに聞きたいのはこっからだ。——————春の一件について、もう一度俺に話してみてくれ」
僕らが盗賊たちに追いかけられた一件の後も、この部屋でカラルクに事情を聞かれた。
これは内緒で頼むが、とカラルクは前置きし、鋭い眼光で僕らを見据えた。
「ジルベールの身体の大半の傷は細身の武器でつけられたものだ。春の事件で、盗賊たちの何人かの死体についていた傷とよく似ているんだよ。しかも、その凶器だけがまだ見つかっていないときた。どちらも駅の周辺で起きているし、俺は二つの事件に関連があると見ている。もしかしたら、同一犯かもしれないとも」
ぎり、と音がした。横を見ると、顔をマイマイガの雌よりも白くしたイブニが、歯を食いしばっている。水を含みすぎた絵の具が垂れて台無しになった絵みたいな、感情でどろどろの顏。
春の事件を思い出す。盗賊たちはイブニの事情を知っていて、彼を狙っているようだった。統制のとれた動きをしていたのに、何故か同士討ちで全滅した。
イブニがとても話せそうな様子ではないので、僕が春の件の一部始終をカラルクに語った。
「春にも聞いたが、殺された奴らはイブニを狙っていたのか。何でだ?」
カラルクの問いに返す明確な答えを僕は持っていなかった。イブニも何も言わない。
なあイブニ、と騎士は怖いくらいに真剣な顔で語りかけた。
「俺は今までお前の事情を聞かなかった。話したくなさそうだったし、春の件の調書も適当書いといた。だけど、お前が来てから、ギークの街で事件が立て続けに起きてるのも事実だ。責めているんじゃないぜ? 俺はお前を絶対に守る。だから、事件とお前の事情が関係しているなら、その線を辿りたい。お前の事情を話してくれないか」
くれないか、とは言うものの、カラルクの声には有無を言わせぬ響きがあった。騎士の目の下には隈が浮かんでいる。元親友を傷つけ、愛する人との結婚式を台無しにした犯人を捕まえるべく、寝る間も惜しんで働いているのだろう。
「悪いけど、アスターは外してくれ」
イブニから視線を外さず、カラルクは言った。やだよ、と言える空気ではない。僕は椅子から立ち上がり、部屋から出ていこうとした。
「アスターも残ってくれ」
ますます白い顔になったイブニが、だがきっぱりと言った。
「お前はいろいろ勘違いしているみたいだし、良い機会だ」
僕は迷った。イブニは今にも倒れそうだ。無理に話させずに、カラルクに抗議するなり、手を引いて部屋から連れ出すなりするべきではないか。
だが結局、僕は好奇心に負けて、椅子に座り直した。
部屋の扉が開き、トレイに紅茶のカップを三つ載せた騎士が入ってきた。彼がトレイを置いて退室したのを合図に、イブニはおもむろにシャツを脱いだ。
出会った頃より逞しくなった背中には、あの夜と変わらず、幾何学模様が刻まれていた。月の光の下では荘厳な雰囲気すらあったけれど、改めて見た模様———魔紋の実態は、赤黒い蟻の隊列みたいな痣の連なりだった。その痛ましさと悍ましさに、僕は絶句した。カラルクも同じ感想なのか、眉を顰めている。
「ひどいな。魔紋を生きた人間の身体に刻むなんて。その……痛かっただろ」
「俺の一族は人間じゃなかったんです。黄金郷を開く鍵でしたから。鍵はモノでしょう?」
「モノはそんな苦しい顔しないぜ。させてんのは俺だけど」
カラルクの言葉にイブニは固まり、しばらくしてそっと目元を拭った。
「ありがとうございます」
「俺は常識を言っただけだ。話すのはゆっくりでいいから。これ飲んで落ち着いてくれ」
カラルクが紅茶のカップに砂糖を放りこみ、僕らに勧めた。まだ湯気を上げるそれを両手で受け取ったイブニの表情がふと緩む。
「ありがとうございます。でも、俺は砂糖が入っていない方が好きです」
「そういや、初めて会った時も、『甘っ』って顔しかめてたな」
「甘いものは好きなんですけど、紅茶だけは別なんです」
自分のカップに勝手に砂糖を入れられるなんて許しがたい行為だと思うのだけれど、カラルクとの出会いを思い出したのか、イブニは何だか嬉しそうだった。
「脱線しちまったな。話せそうか?」
カラルクもイブニに無理をさせていることを申し訳なく思っているらしかった。労わるような瞳を見返し、イブニはしっかりと頷いた。




