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02. 疑惑

 病室を辞した僕とイブニ、カラルクは、その足で「デュフーリ」に向かった。


 昼食前のかき入れ時だというのに、「デュフーリ」の扉には「close」の看板がかかっている。白い制服の騎士までうろついていて、店の周囲一帯は物々しい雰囲気だ。無理もない。この店は今、親方の事件と同じくらい深刻な事態に直面している。


 カラルクが看板を無視して扉を開けると、パンが一つも並んでいないカウンターが目に飛びこんできた。温かな匂いが消えた店内は、窓から差しこむ昼の光では中和できないほど暗い空気が漂っている。


 カラルクが声を張り上げた。

「カラルク・フレイム、只今より警備に戻ります。あと、例のものをアスターに見てもらいたいと思うのですが、よろしいでしょうか」


 少し間があって、カウンターの後ろから階段を降りてくる足音が聞こえた。住空間へ続くドアが開き、「デュフーリ」の一家が出てくる。職人作の彫像と子どもが作った粘土細工くらい、顔の造形美に差がありすぎる姉妹と、二人の脇をがっちりと固めた店主夫妻。デュフーリのおじさんとおばさんの顔は険しく、ネリネははらはらと両親と姉を見比べ、ソニアはといえば、退屈そうに天井を見上げている。


 おばさんの視線が、カラルク、イブニ、僕を順にめぐる。僕を見た時、おばさんが僅かに顔をしかめたような気がした。


「奥さん、予告状を見せていただけませんか?」


 カラルクに促され、おばさんが取り出した封筒を見た瞬間、時間が止まったように感じた。金の蝋で封された白の封筒は、僕にとってとても見覚えのあるものだった。


「拝見します」

 カラルクは封筒から便箋を取り出し、中身を僕の前に広げた。


「次の新月の昼下がり、あなたを盗みにまいります」


「同じだ……」


 気づけばそう呟いていた。網膜に焼き付いているあの予告状と同じ筆跡だった。つまり、本物だ。


 ソニア・デュフーリに怪盗ジャックからの予告状が届いたのは、あの結婚式の日だ。本人によると、僕と別れて会場を彷徨っていたら、いつの間にかポケットに入っていたらしい。


 脳内が赤く塗りつぶされていく。

 今も澄ました顔をしている元カノに、強烈な憎しみを覚えた。抜け駆けされたと思った。美しさなら僕もそう変わらないのに、どうして僕には予告状がこない? 僕はジャックが迎えに来てくれる時を心待ちにして、美しさを磨き続けてきたのに、どうして自分の美しさを嫌悪するこいつに予告状が届くんだよ!


「ポケットに入っていることにすぐに気づけなくて、入れてきた人の顔は見ていないんでしょう?」


 おばさんの言葉に、ソニアは視線を僅かに動かして頷いた。大きな猫目は夢見るようにとろんとしていて、心ここにあらずといった様子だ。

 僕はその様子に違和感を覚えた。養父母が自分のことで気を尖らせているというのに、このざまはどうしたことだろう。常日頃から気を張って、周囲の顔色を窺っているこいつらしくもない。


 ソニアを注視していると、ふと視線がぶつかった。元カノは「じろじろ見ないでくれる? 気色悪い」とは言わず、代わりに何故かにこりと笑った。ぱっと咲いた可憐な笑顔に、心臓が跳ねる。


 いや、何動揺しているんだよ。元カノだよ? 陰険女だよ? 

 周囲を見渡す。ソニアの笑顔に気づいたのは僕だけらしい。僕は胸をなでおろし、そんな自分にまた動揺した。

 

 僕が動揺している間も、ソニアはちらちらと僕に笑いかけてきた。皆に気づかれないような、絶妙なタイミングでだ。気味が悪いと思いつつも、頬が熱くなっていくのを感じた。


「アスター? どうしたんだ?」


 イブニが怪訝そうに僕を見た。元カノにドキドキしていた、なんて口が裂けても言えない。どう誤魔化したものかと考えていると、今まで黙っていたおじさんが口を開いた。


「アスター、出て行ってくれ」

「お父さん……?」


 厳しい声を発した父親を、ネリネが目を白黒させながら見上げた。


「ソニアをじろじろ見ていただろ。お前、昔ジャックに予告状送られて、何故か盗まれなかったんだろう? もしかして、ジャックと繋がっているんじゃないか?」

「親父さん」

「誤解だ、アスターとジャックに繋がりなんてない!」


 カラルクが何かを言いかけたのを、イブニが大声で遮った。あまりの剣幕に、店内がしんと静まり返る。


「お前はたしか、最近よく店に来るようになった……」

 親父さんがじろりとイブニを睨む。


「イブニくんだよお、お父さん」

「ああ、親方さんとこの子か。そういや、あんたが街に来てから、気味悪い事件が起きるようになったと皆が言っていたな」

「親父さん! 変なこと言わないでよ!」

「お父さん! やめてよお……」


 イブニが蒼白になって震え始めた。僕とネリネの非難の声に、親父さんは気まずそうな顔をしたが、自分の発言を撤回しようとはしなかった。

 

 事件の後から、街の人間のイブニへの風当たりは強くなっている。余所者というただでさえこの街では不利な属性に加え、親方と深い関係にあるのがまずかった。あっという間に、イブニが親方に虐げられていて、それを恨みに思っていたというストーリーができあがり、イブニが親方を襲っているのを見たというデマカセが流れ、事件の犯人はイブニだという流言が飛び交いだした。

 僕やネリネが、イブニに親方を襲う時間はなかったと証言しても無駄だった。盗賊たちが皆殺しにされた春の事件まで、イブニを犯人扱いする奴が出る始末だ。イブニは何も言わないけれど、心無い悪口や疑惑の視線に苦しんでいるのは明らかだった。


 僕は信じられない心地でおじさんを見つめた。この人は「アームストロング・ライン」にも計画の時から好意的で、支援をしてくれた人だ。あの親方とも上手に付き合っている。偏見や噂に惑わされずに、物事を判断してくれる大人だと思っていたのに。


「出よう」

 カラルクが僕らに囁きかけた。「ごめんな」とも言った。どうやら、ジャックと繋がっているのではと疑われた僕にも申し訳なく思っているらしかった。そっちは勘違いでも嬉しいから、別に気にしてはいない。だけど、イブニをここに長居させたくないというのは同意見だ。


 ちらりとソニアを見る。彼女は、父親と僕らのやり取りに一切の関心も示さず、ただ僕だけを見ていた。


 僕らは逃げるように「デュフーリ」を後にした。 

 扉が閉まっても、ソニアの瞳が僕を追いかけてきている気がした。

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