四 無愛想な男
夢を見るのは、これで四度目だった。
目を開けば、夕暮れの校舎。
もう、この景色に驚くことはなくなっていた。
「またか……」
拓真は小さく呟く。
けれど不思議なことに、嫌ではなかった。むしろ少しだけ安心している自分がいる。
あの世界が、今日もちゃんと存在していたことに。
拓真は校舎の中を歩いた。
そして、ほどなくして見つける。
あの男子生徒を。
いつもと同じ、今日も一人だった。
夕陽を背にしているうえ、相変わらず俯いている。やはり顔だけが見えないのが何度見ても不自然だった。
姿はこんなにはっきりしているのに、顔だけが影に隠れている。
その時だった。
「如月」
職員室の入り口から教師が顔を出した。
拓真は足を止めた。
――今、なんて言った?
教師は男子生徒へ向かって続ける。
「文化祭の役割、決まったか? お前だけまだ何も決まってないぞ」
男子生徒は顔を上げない。
数秒の沈黙。
そして。
「参加しません」
初めて、その声を聞いた。
低く、落ち着いた声だった。小さくて、聞き逃しそうになるほどだった。
教師が眉をひそめる。
「何?」
「参加しません」
同じ言葉を、今度は少しはっきりと繰り返す。
「クラス全員参加だぞ」
「聞いてます」
「なら――」
「それでも参加しません」
教師が言葉を止めた。
拓真も、思わず男子生徒を見つめる。
「理由は?」
「興味がないからです」
教師は大きくため息を吐いた。
「如月」
「はい」
「お前なぁ……」
男子生徒は黙っている。
謝りも言い訳もしない。ただ、自分の考えを変えるつもりがないことだけは伝わってきた。
やがて教師はやれやれと諦めたように首を振り、職員室へ戻っていった。
廊下に静けさが戻る。
拓真はしばらく、その場から動けなかった。
「……すげぇな」
先生に向かって、あんなふうに言える人間を初めて見た。
怒られるのが怖くないのだろうか。嫌われるのが怖くないのだろうか。
自分には無理だ、絶対に。
翌日の現実世界。
「拓真!」
昼休み、生徒会長が慌ただしく教室へ入ってきた。
その表情を見た瞬間、拓真は嫌な予感がした。
「ごめん、文化祭の司会もお願いしていいかな?」
「え」
思わず声が漏れる。
司会なんて、正直やりたくなかった。
ただでさえ仕事は増えている。それに、人前で話すことも得意な方ではない。
断った方がいい。
そう思った。
「お願い!」
目の前で手を合わせられる。
「……分かりました」
そしてまた、口が先に答えていた。
「ありがとう!」
生徒会長は満面の笑みで去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、大和が呆れた声を出した。
「またか」
「しょうがないだろ」
「いや、断れよ」
「困ってたし」
「お前なぁ……」
大和がため息を吐く。
拓真は苦笑した。
その時。
ふと、夢の中で聞いた声が蘇った。
『参加しません』
迷いのない一言。
たったそれだけなのに、妙に耳に残っている。
「……すげぇよな」
「何が?」
大和が聞き返す。
「いや、なんでもない」
拓真は首を振った。
自分なら、きっと言えない。
あの男子生徒は、自分とは正反対だった。
その夜も、夢を見た。
顔の見えない男子生徒が、校門の近くを歩いている。
その後ろを女子生徒が追いかけてきた。
前にも見た女子生徒だろうか。
「待って」
男子生徒は止まらない。
「ちょっと」
女子生徒は追いつくと、男子生徒の腕を掴んだ。
ようやく足が止まる。
「先生、怒ってたよ」
「知ってる」
短い返事だった。
「なら参加しなよ」
「嫌だ」
即答。
女子生徒の声に、少し苛立ちが混じる。
「どうして?」
「興味ない」
「それだけ?」
「十分だろ」
女子生徒は呆れたようにため息を吐いた。
「本当に変な人」
「そうか」
まるで気にしていない。
拓真は少し離れたところから、二人のやり取りを眺めていた。
その時、妙な違和感を覚えた。
何だろう。
さっきから、何かが引っかかる。
男子生徒の声。
いや、声そのものじゃない。
もっと別の何かだ。
考えてから言葉を出すまでの間だったり、短い返事、言葉の選び方……。
「……別に」
男子生徒が小さく呟いた。
その瞬間、拓真は息を止めた。
今の言い方。
どこかで聞いたことがある。
いや、聞いたことがあるどころじゃない。
「……俺?」
思わず口にしていた。
自分が同じ言葉を言う時と、妙に似ていた。
声そのものは違う。男子生徒の方が、少し低く聞こえる。
それでも、間の取り方や言葉の切り方、どこか自分に似ている。
「気のせい……か?」
そう呟いてみる。
けれど、すぐには否定できなかった。
夕暮れの中、男子生徒は再び歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、拓真は初めてはっきりと考えた。
――あいつは、一体誰なんだ?
どうして、こんなに気になるんだろう。




