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白い世界で君は笑った  作者: pino


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二 夢の世界

 気付けば、教室にいた。


 夕暮れでオレンジ色の光が窓から差し込み、教室全体を赤く染めている。


「……え?」


 拓真はゆっくりと立ち上がった。


 見覚えがある。


 机。黒板。掲示物。教卓。


 間違いない。


 ここは、自分が通っている高校の教室だ。


「なんで学校……?」


 さっきまで、自分はベッドで横になっていたはずだった。


 ということは――。


「夢……?」


 拓真は辺りを見回した。


 誰もいない。


 静かだった。というか静かすぎる。


 昼間なら笑い声や話し声が絶えない教室なのに、今は壁に掛かった時計の秒針だけがやけに大きく聞こえた。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 その音に急かされるように、拓真は廊下へ出た。


 窓の外には校庭が見える。けれど、そこにも誰もいない。


 サッカー部も、野球部も。


 いつもならこの時間は、まだ部活動をしているはずだ。


 風だけが校庭を通り抜けていく。


 学校なのに、人がいた気配だけを残して、すべてが消えてしまったようだった。


「なんだよ、これ……」


 自分の声まで妙に響く。


 拓真は階段を下り、昇降口へ向かった。


 その途中、足音が聞こえた。


 拓真は立ち止まる。


 ――誰かいる。


 足音は少しずつ近付いてくる。


 なぜか拓真は、とっさに物陰へ身を隠した。自分でも理由は分からない。


 ただ、見つからない方がいい。


 そんな気がした。


 やがて一人の男子生徒が現れた。


 制服姿で鞄を肩に掛け、少し俯きながら歩いている。


 顔はよく見えなかった。夕日が逆光になっているせいだろうか。


 男子生徒はこちらを見ることもなく、拓真の前を通り過ぎていく。


 まるで最初から、そこに誰もいないように。


「同じ学校の奴か……?」


 小さく呟く。


 制服は間違いなく拓真と同じ学校のものだった。


 それなのに、その後ろ姿が妙に引っかかった。


 どこかで見たことがある。知っているような気がする。


 けれど、誰なのかは思い出せない。


 男子生徒はそのまま昇降口を抜け、校門へ向かっていった。


 拓真は少し迷った末、後を追った。




 校門を出る。


 そして住宅街。


 いつもの通学路とよく似ている。


 信号も、公園も、並んでいる住宅も。


 現実と同じはずなのに、どこか色褪せて見えた。


 拓真は一定の距離を空けながら、男子生徒の後ろを歩く。


 なぜ追っているのか、自分でも分からなかった。


 ただ、どうしても気になった。


 信号を渡り、公園の前まで来た時だった。


 前方から、数人の男子生徒が歩いてきた。


「おい」


 声を掛けられ、男子生徒が足を止める。


「無視すんなよ」


 返事はない。


「聞こえてんだろ」


 一人が肩を押した。


 男子生徒の身体が少し揺れる。


 それでも、何も言わなかった。


 言い返しもせず、睨み返しもせず、ただ黙って立っている。


 拓真は眉をひそめた。


 嫌な空気だった。


 このまま放っておいていいのか?


 止めた方がいいと思った。


 けれど、足は動かなかった。


 相手は複数人いる。それに、そもそもここが何なのかすら分かっていない。


 夢なのか現実なのか。


 自分が何をしたら、どうなるのか。


 何も分からない。


 その時、近くに一台の自転車が停められているのが目に入った。


 拓真は自転車を見る。


 それから、男子生徒たちを見る。


 一秒。


 二秒。


「……ごめん!」


 誰に謝ったのか、自分でも分からなかった。


 拓真は思いきり自転車を押した。


 ガシャン!


 静かな住宅街に、大きな音が響く。


「なんだ!?」


 男子生徒たちが一斉に振り返った。


 その隙に、絡まれていた男子生徒が歩き出す。


 逃げるでもない。走るでもない。


 ただ静かに、何事もなかったようにその場を離れていく。


「おい!」


 男子生徒たちが慌てて追おうとする。


 だが、近くを通りかかった人の姿に気付き、足を止めた。


 その間に、男子生徒の姿は角の向こうへ消えていた。


「チッ……」


「ふざけんなよ。誰だよ今の」


 苛立った声が聞こえる。


 拓真は物陰に身を潜めたまま、息を殺した。


 頼むから、こっちに来るな。


 見つかるな。


 しばらくすると、男子生徒たちもその場を離れていった。


 静寂が戻る。


 拓真はようやく息を吐いた。


「……助かった、のか?」


 口にしてみても、実感はなかった。


 男子生徒は一度も振り返らなかった。


 驚いた様子は見られなかった。


 感謝するような素振りも全く無かった。


 まるで、最初から誰かに助けてもらおうなんて思っていなかったように。


 その時だった。


 景色が、揺れた。


「え……?」


 夕焼けの空が滲む。


 住宅街の輪郭が波打つ。


 家も、道路も、電柱も。


 世界そのものが、形を失っていく。


「ちょ、待っ――」


 声を上げた瞬間、視界が白く染まった。




 目を開けると、見慣れた天井がそこにはあった。


 ここは……自分の部屋だ。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。枕元では目覚まし時計が鳴っていた。


 拓真は手を伸ばし、アラームを止める。


「……夢」


 身体を起こす。


 それしか考えられない。


 夢だった。


 それなのに妙にリアルだった。


 学校の匂い。夕方の空気。風の冷たさ。


 自転車が倒れた時の音まで、はっきり覚えている。


 そして何より、あの男子生徒の後ろ姿が頭から離れなかった。


 顔も名前も知らない。


 声すら聞いていない。


 それなのに、拓真はもう一度会うような気がしていた。


 理由なんて、どこにもなかった。


 窓の外では、何事もなかったように朝が始まっていた。

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