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白い世界で君は笑った  作者: pino


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十八 最後の夢

 二月も終わりに近付いていた。


 大和がこの街を離れる日は、少しずつ近付いている。


 父親と母親の会話は相変わらず少なかった。


 何かが変わっている。


 そう分かっているのに、拓真は何も聞けないままだった。


 そしてもう一つ。


 最近、夢を見る回数が減っていた。




 最初は、たまたまだと思った。


 一晩。


 二晩。


 夢を見ない夜が続いた。


 今までだって、毎晩必ずあの世界へ行っていたわけではない。


 だから、気にすることでもない。


 そう思っていた。


 けれど三日目の朝。


 目を覚ました拓真は、妙な物足りなさを感じている自分に気付いた。


「……何なんだよ」


 独り言が漏れる。


 会えば腹が立つ。


 言っていることも、自分とはまるで合わない。


 なのに、夢に出てこないと気になる。


 いつの間にかもう一人の自分に会うことが、当たり前になっていたらしい。




「今日、帰り暇?」


 昼休み。


 大和が購買で買ったパンを食べながら聞いてきた。


「暇だけど」


「じゃあゲーセン寄ろうぜ」


「また?」


「またって、最近行ってないだろ」


「この前カラオケ行ったじゃん」


「カラオケとゲーセンは別ジャンルです」


「何その理屈」


「高校生の常識」


「知らない」


「黒川、どう思う?」


 急に話を振られ、近くで友人と話していた黒川が振り返った。


「何が?」


「カラオケとゲーセンは別ジャンルかどうか」


「別ジャンルじゃない?」


「ほら」


「でも、それを高校生の常識って言うのは知らない」


「裏切られた」


「私を巻き込まないで」


 黒川が笑う。


 拓真もつられて笑った。


 こんな時間も、もうすぐ終わる。


 そう考えた瞬間、胸の中に別の感情が入り込む。


 けれど。


「じゃ、今日行くか」


 拓真は言った。


 大和が一瞬、目を丸くする。


「お」


「何」


「最近付き合いいいじゃん」


「嫌なら行かないけど」


「行きます」


「即答」


 大和が笑う。


 拓真も笑った。


 言葉にはできない。


 それでも、残っている時間を少しでも一緒に過ごしたいとは思った。



 その日の夜も、夢は見なかった。



 次の日も。


 その次の日も。



 夢のことを考える時間が増えた。


 如月はどうしているのだろう。


 母親とは、まだ話しているのだろうか。


 黒川とは。


 クラスの連中とは。


 以前なら、自分から関わるなと言っていた男のことを、こんなふうに気にする日が来るなんて思わなかった。




 そして、何日かぶりに拓真は夢を見た。


 目を開けると、夕暮れの教室だった。


「……来た」


 思わず声が出た。


 けれど、いつもと何かが違う。


 静かだった。


 教室には誰もいない。


 廊下へ出てみるが、そこにも人の気配はなかった。


「如月?」


 声を掛けるが返事はない。


 階段を下りる。


 昇降口にも誰もいない。


 校舎全体から、人だけが消えてしまったようだった。


「黒川?」


 呼んでみる。


 やはり返事はない。


 拓真は外へ出た。


 薄い夕暮れの中。


 校門のそばに、一人だけ立っている人影があった。


「……如月」


 同じ顔が、こちらを向いた。




 拓真は少し早足で近付いた。


「最近、いなかったよな」


「……」


「夢、全然見なかった」


 如月は何も答えない。


 いつものように「知らない」と返してくると思っていた。


 それすらない。


「何だよ」


「……」


「黒川は?」


 返事はない。


「母さんは?」


 如月の表情が僅かに動いた。


「ちゃんと話してる?」


「……うん」


 ようやく返事があった。


「そっか」


 拓真は少し笑った。


「買い物も行った?」


「行った」


「どうだった?」


「別に」


「出た」


「何」


「いや、何でもない」


 いつもの返事。


 それだけで、少し安心した。


 拓真は校門の外を見る。


「大和さ」


「……」


「もうすぐ引っ越す」


「ああ」


「まだ言えてない」


「……」


 拓真は如月を見る。


「言えって言わないの?」


「前にもう言った」


「そうだけど」


「何回言っても同じだろ」


「それはそうだけどさ」


 少しだけ笑う。


 だが、如月は笑わなかった。


 じっと拓真を見ている。


「何?」


「……」


「また顔変とか言う?」


 返事がない。


 その表情が、妙に気になった。


 怒っているわけでも、呆れているようでもなさそうだ。


 何かを心配しているような、そんな顔だった。


「どうしたんだよ」


 如月が口を開く。


「……お前」


「うん」


 そこで言葉が止まった。


「何?」


 如月は一度、視線を逸らす。


 そしてもう一度、拓真を見る。


「これから――」


 声が途切れた。


「え?」


「……」


「何て?」


 如月が何かを言っている。


 口は動いている。


 けれど、声が聞こえない。


「ちょっと待って」


 拓真は一歩近付く。


「聞こえない」


 如月の眉が寄る。


 もう一度、何かを言う。


「何?」


 聞こえない。


「もっと大きい声で――」


 その時、視界の端が白く滲んだ。


「待って」


 拓真は周囲を見る。


 校舎が薄れていく。


 空も。


 道も。


 校門も。


「待てよ」


 如月を見ると、彼はまだ何かを言っている。


「何て言ってんだよ!」


 拓真は近付こうとした。


 けれど距離が縮まらない。


「如月!」


 白い世界が二人の間へ入り込んでいく。


 如月が腕を伸ばした。


 拓真も手を伸ばすが、届かない。


「待って!」


 何かを言っている。


 その声だけが、最後まで聞こえなかった。


 そして、世界は完全に白くなった。




「――っ」


 拓真は目を覚ました。


 暗い自分の部屋。


 時計の数字だけがうっすらと光っている。


 しばらく天井を見つめたまま動けなかった。


「……何だったんだよ」


 最後に見た如月の顔が残っている。


 いつもの不機嫌そうな顔ではなかった。


 何かを伝えようとしていた。


 必死に。


 拓真は身体を起こした。


 何と言っていたのだろう。


 これから。


 そのあと。


 何を言おうとしたのか。


 考えても分からない。


 ただ、嫌な感じだけが残った。




 翌日。


 学校へ行けば、大和がいた。


「おはよ」


「おう」


 いつもの声。


 黒川も友人たちもいる。


 放課後になれば家へ帰る。


 そこには母親がいる。


 父親も、まだいる。


 昨日までと何も変わらない。


 だから拓真は、夢のことを考えないようにした。




 その夜、あの世界には行けなかった。


 次の日も。


 その次の日も。




 如月は、もう夢に現れなかった。

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