↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い世界で君は笑った  作者: pino


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/34

九 文化祭

※2026.08.28 大幅に改編しました。文字数増加により旧9話を2分割します。旧10話を11話に変更します。

 目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。


 拓真はしばらく天井を見つめていた。


 眠った気がしない。昨夜見た顔が、頭から離れなかった。


 自分とは違う何者かだと思っていたやつが、実は自分と同じ人物だった。


 夢の世界に如月拓真が二人……。


「……なんなんだよ」


 布団から身体を起こす。


 机の横に置かれた姿見へ、何となく目を向けた。


 そこにいるのは当然、自分だった。


 寝癖のついた髪。眠そうな目。見慣れた顔。


 なのに、一瞬だけ別人を見ているような気がした。


 拓真はすぐに視線を逸らした。


 一階へ下りると、母親が朝食を並べていた。


「おはよう」


「……おはよう」


 母親が拓真の顔を見る。


「眠そうね」


「ちょっと寝不足」


「文化祭の準備?」


「まあ、そんな感じ」


 嘘ではない。文化祭の仕事が忙しいのも事実だった。


 父親は新聞を眺めながらコーヒーを飲んでいる。


「もうすぐだろ、文化祭」


「うん」


「司会やるんだって?」


 拓真は箸を止めた。


「なんで知ってるの」


「お母さん」


「ちょっと、言っちゃ駄目だった?」


 母親が笑う。


「別にいいけど」


「見に行こうかな」


「え?」


「文化祭」


 母親は楽しそうだった。


「高校の文化祭なんて、こういう機会でもなきゃ行けないじゃない」


 父親が新聞から顔を上げる。


「俺も行けたらなあ」


「仕事でしょ?」


「ああ」


 残念そうに笑う父親を見て、拓真はすぐに言った。


「いいって。別に大したことしないし」


「でも司会するんでしょ?」


「それだけ」


 母親が呆れたように笑った。


「あなたって昔からそうよね」


「何が?」


「なんでも大したことないって言うの」


 拓真は返事をせず、味噌汁を口に運んだ。




 母親の声を背中で聞きながら家を出る。


  自転車で少し走ったところで、後ろから大和の声がした。


「おはよ」


「おう」


 次の交差点で信号が赤になり、二人は自転車を止めた。


 大和が横から顔を覗き込む。


「……やっぱ眠そう」


「朝から人の顔観察すんなよ」


「お前、分かりやすいんだって」


 昨日も誰かに似たようなことを言われた気がした。


 拓真は苦笑する。


「文化祭終わったら寝る」


「寝るだけ?」


「寝るだけ」


「つまんな」


 大和が大げさに顔をしかめる。


「文化祭終わったらカラオケ行こうぜ」


「急だな」


「ストレス発散、大事だぞ」


「別にストレス溜まってないけど」


「そういう奴が一番危ねえんだって」


「何の専門家だよ」


「水嶋大和先生」


「信用できねえ」


 二人で笑う。


「で、何歌う?」


「まだ行くって言ってない」


「俺が行くからお前も行く」


「横暴すぎるだろ」


「たまには付き合えよ、優等生」


「その呼び方やめろ」


 信号が青に変わり、大和が先に走り出した。


 くだらない話の続きをしながら、拓真もその後を追う。


 いつもの通学路。いつもの大和。


 拓真はふと、遠くに見える橋へ目を向けた。


 あの日以来、あそこに人影を見ることはなかった。




 文化祭まで、あと数日。


 校内はどこへ行っても騒がしかった。


 廊下には装飾が増え、教室からは段ボールを切る音や笑い声が聞こえてくる。


 拓真は生徒会室と教室を何度も往復していた。


「如月君」


 教室へ戻ったところで、黒川に呼び止められた。


「悪い、今ちょっと――」


「座って」


「え?」


「いいから」


 黒川が空いている椅子を指差す。


「いや、まだ生徒会に――」


「五分くらい休んでも死なないよ」


「死ぬとは思ってないけど」


「じゃあ座って」


 有無を言わせない。


 拓真は諦めて椅子に腰を下ろした。


 黒川が机の上にペットボトルを置く。


「はい」


「何これ」


「水」


「それは見れば分かる」


「じゃあ飲んで」


 拓真は思わず笑った。


「母親かよ」


「誰かが言わないと休まないでしょ」


 返す言葉がなかった。


 仕方なく蓋を開ける。


 冷たい水を一口飲むと、思っていた以上に喉が渇いていたことに気付いた。


 黒川は資料を整理しながら言った。


「如月君って、本当に断らないね」


 また、その話だ。


「できることならやればいいだろ」


「できることと、全部やることは違うと思うけど」


 拓真はペットボトルを弄ぶ。


「困ってるなら仕方ないじゃん」


 黒川の手が止まった。


「それ、如月君が困ってても誰かに言える?」


 拓真は顔を上げた。


 黒川はもう資料へ視線を戻している。


「……何それ」


「なんとなく」


「俺、別に困ってないし」


「そう」


 それ以上、黒川は何も言わなかった。


 妙に引っかかる。


 夢の中の黒川もそうだ。


 時々、本人より先に何かに気付く。




 そして、文化祭当日。


 学校は朝から人で溢れていた。


 普段とはまるで違う。


 廊下には装飾が並び、教室のあちこちから音楽や笑い声が聞こえる。


「司会、五分前!」


「はい!」


「拓真、このあと体育館!」


「分かりました!」


「如月、これ生徒会室持っていって!」


「了解!」


 次から次へと声が飛んでくる。


 拓真は校内を走り回った。


 忙しい。


 本当に忙しい。


 それでも、不思議と嫌ではなかった。


 ステージ袖でマイクを受け取る。


 客席には多くの生徒や保護者がいた。


 一瞬だけ緊張する。


 その中で。


「あ」


 母親を見つけた。


 こちらに気付き、大きく手を振っている。


 やめろ、恥ずかしい。


 そう思いながらも、口元が緩んだ。


 近くには大和がいて、面白そうに親指を立てていた。


 その少し後ろには黒川もいる。


「頑張れ、優等生」


 口の動きだけで、大和が言った。


 拓真は小さく息を吐いた。


 そしてマイクを握った。


 文化祭が終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「疲れた……」


 教室の椅子に座り込む。


 大和が笑う。


「生きてる?」


「ぎりぎり」


「珍しく弱音吐いた」


「うるさい」


 そこへ黒川が通りかかった。


「だから休めって言ったのに」


「黒川まで言うなよ」


「ほらね」


 大和が笑う。


 拓真も笑った。


 なんでもない時間だった。


 いつもの友達がいて、いつものクラスメイトがいて。


 家に帰れば、家族がいる。


 それが特別なことだなんて、拓真は考えたこともなかった。


 帰宅すると、母親は文化祭の話ばかりした。


「司会ちゃんとできてたじゃない」


「ちゃんとって何だよ」


「もっと噛むと思ってた」


「ひど」


 父親が笑う。


「動画撮った?」


「撮ったわよ」


「あとで見せて」


「やめろよ」


 三人の笑い声がリビングに響く。


 拓真はうんざりしたふりをしながら、少し笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。