第八話 縁とエテ吉
――死闘が繰り広げられている河川敷。
いたる所に原型をとどめないほどにビリビリに破れた研究ノートと、粉々に砕け散ったひょうたんの残骸が散乱している。
そして、それらの持ち主である二人の少年――ケリーと瑣吉は防御のための自由研究も強化のためのひょうたんも使い尽くし、正真正銘絶体絶命の危機に陥っていた。
全身傷だらけかつ肩で息をしながら、こうして立っていることすら奇跡の状態であるケリーと瑣吉。
対するエテ吉は――多少疲労の色が見えつつも、上半身から湯気を放ち獰猛な笑みを浮かべながら、二人の方へと悠然とした足取りで近づこうとしていた。
「手コズラセヤガッテ!!サッサト逃ゲ出シテイレバ、命ダケハ助カッタモノヲ!……ダガ、コレデ貴様等モ終ワリダッ!!」
ググッ……と拳を構えるエテ吉。
防御も回避をするだけの余力もないうえに、エテ吉から放たれる全力の一撃を受けてしまえば確実に自分達の命は助からないだろう。
……にも関わらず、二人は既に覚悟を終えているのかやりきったかのような清々しい笑みを口元に浮かべていた。
「……逃げる、だぁ?馬鹿言えよ、ここでトンズラこいたら無双する強い主人公やら縄張りを守り抜くイカした”BE‐POP”な山賊の気持ちが書けない作者になっちまうだろ?」
「……”勧善懲悪”とは行かなかったが、それでもオイラは自分の信じる正道をやり遂げた。――それだけで、お天道様に恥じない生き方が出来たって言い張れるぜ……!!」
ケリーは”なろうユーザー”として、どこまでも格好良さを追い求め。
瑣吉は”勧善懲悪”を信じる者として、自身の信じる正道を体現しようと足掻いていた。
どちらも、ここで逃げてしまえば敗北以上に自分が自分でいられなくなってしまうと確信してからこそ、彼らはこの結果になんら後悔することなく向き合う道を選んだ。
……そんな両者の覚悟ごと、エテ吉の暴力が全てを粉砕する。
そう思われていた――まさに、そのときである。
「――待て、エテ吉!!お前の相手は、この僕だッ!!」
ハッ、と声のした方に顔を向けるケリーと瑣吉。
そこにいたのは、河川敷を見下ろす形で堂々と立っている縁の姿であった。
それを見た瞬間思わず喜色を浮かべてしまったものの、すぐに諫めるような険しい顔つきでケリーが叫ぶ。
「ば、ばっきゃろ~~~ッ!!なんで、こんなところに戻ってきちまったんだ!?」
沈痛な面持ちで縁に引き返すように叫ぶケリー。
だが、そんな彼とは対照的に隣の瑣吉は何かに気づいたように縁を凝視する。
「……この状況下での帰還と自信に満ちた表情、それにそのかなり書き込まれた様子の研究帳……縁よ、まさかお前さんはこの短期間で!?」
そんな瑣吉の言葉に、縁が力強く頷く。
「――あぁ。完成させたよ、”自由研究”。だから、今度は僕が二人を助ける番だ!!」
そう言いながら眼下のエテ吉に向けて、ノートを構える縁。
対するエテ吉は、これまでに力を極限状態まで引き出したことによる反動なのか、理性を失くしたかのように、白目を剥いて呻き声を上げながら周囲の地形に手当たり次第に破壊衝動をぶつけていた。
そんなエテ吉が、とどめを刺そうとしていた二人の存在すら忘れて暴れていたはずの暴虐の化身が、縁が構えたのとほぼ同時にそれを察知したかのようにぐりん、と彼へと顔を向ける。
獰猛な笑みから一転、縁の自由研究から発せられる尋常ならざる何かを感じ取ったのか。
ドンッ!!という地響きの音がしたかと思うと、地を踏みしめて一瞬で跳躍を果たしたエテ吉が縁のもとへと迫る――!!
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
……その光景を見て、ケリーと瑣吉が何かを叫んでいるがこの時の縁の耳には入ってこない。
エテ吉のような理性を放棄したのとも違う、課題を完成させるために取り組んでいた『己の為すべきことを為す』という一切の邪念が入り込む余地のない無心ともいえる境地のまま、眼前に迫ったエテ吉へと自由研究を射出する――。
「――ッ!?極悪、拳法最終奥義……”魔死羅無インパクトォォォォォォォォォォッッ!!!!」
単なる力任せでは放たれた自由研究を迎撃することが出来ない。
そう判断したのか、エテ吉が自身の理性をすべて焼き切るかのように渾身の究極奥義による一撃を放つ――!!
空中で激突する自由研究と極悪拳法。
その名の通り、隕石を思わせるほどのエテ吉による猛攻によって、完成したばかりの自由研究のページが見る見るうちに引きはがされていき、あたかも大気圏に突入したかの如く燃え尽きていく――。
「あぁ、そんな……!?せっかく縁が仕上げたってのに、それでも圧倒的な暴力には敵わないってのかよ!!」
その光景を見上げながら、ケリーが悔しそうに声をあげる。
そんなケリーに対して、同じくその光景を凝視していた瑣吉が「いや……」と告げる。
「よく血眼しておろがむがいい。――縁という童が紡いで来た、軌跡と奇跡が織りなす”縁”というものを」
「ッ!!な、なんやてッ!?}
ケリーがそう叫んだのと、どちらが先だったか。
極悪拳法の究極奥義によって、跡形もなく粉砕されるのみかと思われた縁の自由研究。
だが、確かに奥義によってページはいくらか破れ、燃え尽きたとしても。
威力も速度も一切落ちることなく、エテ吉のもとへと拮抗――それどころか、徐々に押し始めていた。
ここに来て、それまでの獰猛さとも異なる『自身が押し負けるのではないか?』という焦りの表情を見せ始めるエテ吉。
なおも自身に迫りくる自由研究に拳を連打しながら、必死で声を荒げる。
「何故ダ!?何故俺ノ圧倒的ナ暴力ガ、呑マレヨウトシテイル!!俺二何ガ足リナイ?勉強ナド鍛エアゲタ技術ト膂力ヲ前二スレバ、取ルニ足ラヌ無価値ナモノ二過ギヌハズ!!……ニモ関ワラズ、ナンダ、コノ力ハ!?俺ノ暴力スラ圧倒シヨウトスル”コレ”ハ一体、何ナンダァァァァァァァァァァッッ!!!!」
狂乱するエテ吉を見上げながら、真剣かつ――憐れむようなまなざしと共に縁がその答えを紡ぐ。
「――僕の自由研究:『令和小学生奇譚・自由研究~どのようにして金沢・草津・新潟は世界三大都市になったのか?~』は、世界三大都市に連なる歴史と、それらの聖地をもとにしたアニメ作品を通じての地域としての横の繋がりを独自の視点でまとめ上げた内容なんだ」
「…………………………ッ!!」
何を感じ取ったのか、エテ吉は黙したままひたすらに攻撃を押しとどめている。
そんなエテ吉に対して、彼が求めているであろう答えを縁は告げる。
「金沢・草津・新潟の歴史、『ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』、『さよならララ』、『君と花火と約束と』という聖地アニメで繋がる地域の文化。……そして、この自由研究を完成させるために僕を送り出してくれたケリーと瑣吉と源太郎さんとの絆。時間も場所も超えて繋がる縁の集大成は、君一人の暴力で引きちぎれるほどやわなんかじゃないんだッ!!」
そんな縁の意思に呼応するかのように、射出された自由研究の威力がさらに上昇していく。
どれだけ圧倒的であろうとも。
あくまで個人単体で完成していた暴力の枠組みを押し流すかのような、時代のうねりと地域の交流と人同士に絆が折り重なりながら出来た多彩な輝きを放つ奔流。
自身が当然のように振るってきたものとも異なる、すべてをあるがまま受け入れるかのような性質の光。
……あぁ、それでも。
「……嫌だ。俺一人だけ怒られるなんて嫌だぁ……!!誰か、なんとかしてくれよぉ……それが無理なら、みんなで一緒に恥かいてくれよぉ……!!」
ようやく吐き出せた本心を駄々っ子のように繰り返しながら。
エテ吉はまるで抱擁されるかのように、大いなる力の奔流に全てをゆだねながら吞み込まれていく――。




