第五話 ケリーと瑣吉
「ケリー!瑣吉!……もういい、宿題も全部諦めて逃げよう!!このままだと、僕ら全員本当に死んじゃうよッ!?」
何をどうすればいいのかわからない。
ただそれでも、縁は吹き飛ばされた瑣吉に駆け寄りながら盛大に叫ぶ。
その声に意識を取り戻した瑣吉だったが……よろよろと立ち上がりながら、縁の方を見ることなく一人で超高速で動いているエテ吉に自由研究一つで立ち向かっているケリーの方へと向かう。
「まさか、悪を成す者がこれほどまでに強いとは……卑劣な者がここまで、これほどまでに忠義に生きる武士が如く執念を燃やして力を尽くすとは……そして、それを見抜けずここまで追い詰める前に改心させることが出来なかったオイラにまだ、それだけの”徳”が備わっていなかったということか……」
「……瑣吉?」
自分の声に答えずにブツブツと呟く瑣吉。
はた目から見ても瑣吉はもう既に限界を迎えている。
これ以上は、戦うことはおろか歩くことすらままらないだろう。
――だが、それでも。
「……自身が為すべき課題をこなそうとするのは、まぎれもなく”正道”であるはず。……例えどれほどの情念を抱こうと、どれだけの邪知暴虐の力を振るおうとも!!そんなまっとうに生きる者の明日を踏みにじるようなヤツの前には何度だって”勧善懲悪”ってもんがこのお天道様の下にあるのだと!!――命尽きても、このオイラの生き様で示してみせらぁッ!!」
瑣吉の瞳の奥には、燃えるような闘志の炎が尽きることなく燃え続けていた。
他者を蹂躙しながら平然としている悪しき者への義憤と、まっとうに生きる者が報われることを追い求める強烈な渇望。
自分と同じ小学生でありながら、異なる時代でこれほどの悲壮な覚悟を得るに至った滝沢 瑣吉という少年の姿に、縁の頬を知らぬ間に一筋の涙が伝う。
その間にも、ケリーに助太刀した瑣吉がボロボロになった自由研究と数少ないひょうたんを出しながらエテ吉に応戦する。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!さっさとどけ、小うるさい羽虫どもッ!!」
かろうじて”仁”と信”のひょうたんで能力を底上げしながら回避と防御に専念するケリーと瑣吉だったが、激昂しながらも的確な動作を続けるエテ吉の攻撃に捕まるのは火を見るよりも明らか。
そんな中、二人は覚悟を決めたように一度だけ縁に視線を向けると、互いに視線を合わせて頷く。
そうしてすぐにエテ吉を見据えながら、ケリーが大声で叫ぶ。
「――行け、縁ッ!!……ここは俺にまかせて先に行け!!」
ケリーからの撤退という強制”提案”。
それを受けて、目を見開きながら縁が答える。
「な、何を言ってんだよ!?二人はどうするのさ!!……僕に構うな、なんてもう言わないよ。ただ、逃げるなら一緒じゃなきゃ嫌だッ!!」
先ほどまでの卑屈さや自棄とも違う、必死さがこもった叫び。
それに対して、一瞬だけ――キョトン、としながらもすぐに安堵させるように笑みを浮かべる。
「心配なさんな。俺も瑣吉も例えこの自由研究がボロボロになっても一度仕上げてんだから、またすぐに書き直すことが出来る!!……それに、俺らは弱っちいお前と違って現にこうして?戦えてる訳ですし?逃げようと思えばいつでも逃げれんの!むしろ、この場にお前がいる方が邪魔で足手まといっていうか?」
「然り。露悪的な物言いだが、これには珍しく同意だな。……縁よ、それでもこの場で一人逃げることに罪悪感があると言うのなら、今日中に自由研究を終わらせることだ。例えオイラ達の力が及ばなかったとしても、自身の為すべきことを果たしたものがこの世に一人でも多くいるだけで!!――最後まで挫けずに”正道”を成したオイラ達の勝利なんだ……!!」
「ケリー……瑣吉……」
嘘だ。
二人とも既に満身創痍なうえに、この戦いに負けてしまえば自由研究を書き直すどころか命を落としたとしてもおかしくないほどに追い込まれている。
それでも、二人は普段の彼らならやらないような露悪的な言動や嘘をついてでも、自分を逃そうと必死にエテ吉を食い止めている。
「ぐだぐだくっちゃべってんじゃねぇッ!!喰らいやがれ!――極悪拳法奥義!!”猿撃波”ッ!!」
エテ吉の咆哮から放たれた凄まじい衝撃波が、辺り一面を破砕していく。
耳を押さえながらも縁は、こちらに向かって追い払うように手を振りながら「行け」と口を動かす二人の姿を見ながら悔しそうに彼らを背にして走り出す。
――向かう先は、この状況を打開する可能性を唯一秘めたある場所だ。
そんな敗走をしながらも耳を押さえている縁になお聞こえるように、
「無駄だ、縁ッ!!――お前は夏休みの宿題がまったく終わってない俺と同じで、何一つ成し遂げられやしないんだよ!!」
と、エテ吉がその背中に大声で嘲笑を浴びせる。
そんな屈辱と罪悪感を抱えながら縁はただ一人、ひたすらに疾走していく――。




