第三話 暴力、襲来。 ~揺るがぬ意思とみなぎる血潮~
ハッ、とした表情をした縁達三人が瞬時に音のした方へと視線を向ける。
――そこにいたのは、右の拳を地面に突きつけた姿勢からゆっくりと立ち上がった、縁達と同じくらいの年齢の柄の悪そうな男子。
人の形をしただけの隕石とした言わんばかりに、彼を中心に地面にはクレーターが出来ていた。
あのケリーと瑣吉ですらその気迫を前に絶句する中、縁がその名を口にする。
「猿山、君……!?」
――猿山 エテ吉。
縁達のクラスメイトにして、小学生でありながら極悪拳法教室に通う粗暴な男子生徒である。
エテ吉は縁の言葉に答えることなく、瞬時に三人のもとへと殴り掛かってくる――ッ!!
「――ッ!?」
縁が絶体絶命だと恐怖した……まさにそのとき。
「――”なろう系作品から学ぶ現代社会攻略法”ッ!!」
「――”ヤバそう!ひょうたん発見伝”ッ!!」
刹那、縁のもとに向けられた拳を瞬時に自身の自由研究で凌ぐケリーと瑣吉。
この一撃で二人のノートが盛大にへこんだあたりその威力の凄まじさが伝わってくるが、それはエテ吉も同様らしく不敵な笑みを浮かべながらすぐに後方へと飛びのく。
高速で行われた一連の事象に思考が追いつかない縁だったが、絞り出すような声で呟く。
「ど、どうして……?」
エテ吉を非難したり殴り掛かってきた動機を尋ねるよりも先に、口から出た疑問。
何故、クラスメイトであるにも関わらず大して親しくもない自分を自由研究を挺してまで庇ってくれたのか。
こんなことを聞いている場合でもないし、明らかに言葉も足りていない。
口に出してから羞恥で死にたくなる縁だったが、対するケリーと瑣吉はなんてことないかのように平然と答える。
「へへっ!そんなの、ここで動かなかったら”漢”が廃るってもんだろ!!」
いつの間にか加えていた葉っぱを吐き出しながら、雄々しく”漢”を背負った後ろ姿を見せつけるケリー。
「然り。自身に課せられた自由研究を成し遂げようとする縁の決断、正道を志すものとして助太刀するより他になし……!!」
そう述べてから、眼前のエテ吉へと視線を向ける瑣吉。
「猿山よ!!そんな正道を歩む者の意思を何故に問答無用で叩き潰すような真似をする!?返答如何によっては、剣林弾雨をもって迎えるより礼はなきものと心得よッ!!」
普段のクラスで浮いている変わり者とは思えない堂々とした瑣吉の口上。
それを聞けば並みの小学生は竦み上がってしまいそうな気迫に満ちていたが――エテ吉はなんら悪びれることなく下卑た笑みを張り付けたまま信じられない言葉を口にする。
「俺がお前らを襲撃する理由?んなもん決まってるだろ。――なんせ俺は、”零”なんだからな」
……”零”。
最初、その言葉の持つ意味が当のエテ吉以外誰にもわからなかった。
一切の油断が許されない状況にも関わらず、思考停止で動けなくなっている中――一早く気づいてしまった縁がわなわなと震えながら恐る恐る口を開く。
「ま、まさか……猿山君、君は自由研究どころか夏休みの宿題をまったくやっていないってことなのかい!?」
あまりにも信じがたい縁の言葉に衝撃を受けたケリーと瑣吉が思わず振り返る。
対するエテ吉はそれこそが正解だと言わんばかりに、キシシ……!!と笑う。
「――あぁ、そうだ。まさにこの夏好き放題に過ごしまくった結果、文字通り俺は何もやってない。自由研究も、工作も、読書感想文も、ドリルも。……全部ゼロだ。まさに余白が入り込む隙のない至高の領域と言えるだろう」
三人が戦慄し絶句している間にも、構わずにエテ吉は続ける。
「だが、そんな俺がたかだか宿題をしていないくらいで、何故夏休み明けに先生に叱られなければならない?そんな不条理と屈辱をむざむざ享受するなど、極悪拳法を担う者として到底許せるはずもないだろう……!!」
「……猿山君。だから君は……!?」
そんな縁の問いかけに、わざとらしく頷いてみせるエテ吉。
「そうとも。俺はそんな理不尽な現実をブチ壊すために、既に夏休みの宿題が終わっている奴、これから取り掛かるつもりの奴の宿題をこの鍛え上げた肉体で跡形もなく引き裂き、俺と同じ境遇の者を一人でも多く作り出すことによって『間違っているのは、夏休みに宿題なんてもんを出すこの社会の方だ』って現実をおめでたいオツムの教育者連中に突きつけてやるのさぁッ!!」
それは、己の拳一つで学級崩壊クラスのシナリオを引き起こしてみせるというあまりにも極悪な破壊衝動に満ちた宣言。
その圧倒的な暴虐を前に、縁の心が――完全に挫けかける。
「……だ、駄目だ。……小学生である以上、猿山君には誰も勝てない!!彼が、彼が僕らの目の前に現れた時点で、僕らは宿題を諦めるべきだったんだ……!!」
悔しさ、歯がゆさ、無力感。
それらがないまぜとなった感情のもと、両膝をつきながら思わず涙が滲んでしまう。
だが、そんな縁の悲壮な意思すらをも、消し潰す好機と言わんばかりにエテ吉が拳を構える――!!
「――極悪拳法奥義!!”猿飛礫”ッ!」
エテ吉から放たれる空気を震わせる高速の遠当て。
そんな見えざる攻撃が瞬時に数十発も放たれる。
……どれか一発でも受けてしまえば、今日一日は行動できなくなるほどの深手を負うことになり、自分は自由研究を終わらせることなく新学期を迎えることだろう。
そんな諦めとともに、前方をぼんやりと見つめる縁。
「――って、こんなところで諦めてんじゃねぇ!!」
「――諦念と提案という言葉は似ている。……ここは一つ、『俺達に任せて縁は先に行け!!』と言うのはどうだろう?」
「……すっごく、素敵だね♡」
そんなやり取りを眼前でしながらも、再び自分達の自由研究を用いてエテ吉の猛攻を食い止めるケリーと瑣吉。
平気そうに振舞っていても、この防御だけで既に二人のノートはボロボロだ。
これには心が折れかかっていたはずの縁も、流石に声を張り上げる。
「な……何をやってるんだ、二人とも!?まだ自由研究が終わっていない僕なんて放っておいて、課題が仕上がっている二人の方こそこの場から真っ先に逃げるべきじゃないか!!――もう僕なんかに、構うな!!」
これまで見せたことのない、縁による激しい激昂。
それに対しても動じることなく、ノートで攻撃を捌きながらケリーと瑣吉は答える。
「へへっ、勘違いしてんじゃねぇよ縁。……これは、俺自身の戦いだ。どんだけもっともらしいことを言おうが、エテ吉の言っていることは『自分が夏休みサボりまくって一人だけ怒られるのが嫌だから、道連れを一人でも多く欲しいです~』って言うみっともない泣き言だ。使える暴力が少し強いからってそんな奴の言葉を尻尾巻いて逃げ出したりなんかしてみろ。――俺はこの先、どんな顔をして『俺ツエ~~~!!』な作品を”なろうユーザー”として書いていけばいいのか分かんなくなっちまうってもんだろッ!!」
「……それに縁よ、猿山は例えお前一人を倒したところで決してそこで満足したりなどしない。宣言通り、学級崩壊に出来ると判断するまで懸命に期日内に宿題を終えた他のクラスメイト達への暴虐を続ける腹積もりだ。――これ以上の悲劇と怨嗟を世に生み出さんとする卑劣な所業。”勧善懲悪”の理のもと、正道を志す者としてここでオイラが食い止めるッ!!」
「ケリー……瑣吉……」
二人の心意気を前に、目元を拭って前を見据える縁。
その瞳にはまだ涙が滲んでいるものの――先ほどまでにはなかった強い意志の光が宿っていた。




