カツヤは流行らせたい
アシュロ国が、ついに平和を取り戻したという知らせは、僕の心を温かくした。もちろん、まだ不穏な空気が完全に消えたわけではないけれど、一時的とはいえ、その平和はライリーたち三人が苦労を重ねてきた結果だ。その努力が報われたことを、心から祝福したい。
彼らの喜びを自分のことのように感じながらも、僕の中には、ある種の満たされない欲望が芽生え始めていた。それは、「彼らの役に立ちたい」という、これまで感じたことのない、強烈な思いだった。無気力だった僕が、こんなにも誰かのために何かをしたいと思うなんて。
そして、その思いは、サイコーマートのオリジナル和菓子へと向けられた。北海道産の素材をふんだんに使い、丁寧に作られたその和菓子は、僕が自信を持って勧められる逸品だ。生前、爺ちゃんもよく買ってくれて、「カツヤ、これはうまいぞ」と言ってくれた、僕にとって特別な和菓子たち。
この和菓子を、異世界人である彼らに、なんとしても流行らせたい。戦で疲れた彼らの心と体を癒し、僕の国の文化を伝える架け橋となるように。そんな、かつてないほどの熱い気持ちが、僕の胸の中で沸々と湧き上がっていた。
とある日のこと。僕はライリーに、渾身のオリジナル和菓子――大福を勧めてみた。
「ライリー、これ、うちの自慢の和菓子なんです。北海道の食材をたっぷり使ってて、すごく美味しいんですよ」
差し出した大福を、ライリーは興味深そうに受け取った。一口、ぱくりと食べる。期待に胸を膨らませて彼の反応を待った。しかし、返ってきたのは、なんとも歯切れの悪い言葉だった。
「うーん、このネバネバした食感というか……味は好きなんだが、俺たち獣人はキバが多いからか、どうも、な〜」
なんともいまいちな反応だ。期待していた感想とは程遠い。
別の日に、今度はブロンコに同じように大福を勧めてみた。彼なら、豪快に食べてくれるかもしれないと。
「ブロンコ、これ、すっごく美味しいんですよ!」
ブロンコも一口、口に運んだ。そして、しかめっ面をして顔を歪めた。
「うわ、この感触、好きになれねぇなあ。なんか、虫みたいで……うーん」
これまた、イマイチな反応。虫って……。僕の自慢の大福が、そんな評価を受けるなんて。
二人の反応を見て、無理に勧めるのも良くないかな、と僕は諦めかけた。でも、やっぱり、爺ちゃんが心から認めていた、サイコーマートの自慢の和菓子を、異世界で流行らせたいという気持ちは消えなかった。
とりあえず、知恵者のグウィンドールに相談してみることにした。
「グウィン、この大福というものを、アシュロ国で流行らせたいんです」
僕は、カウンター越しに大福を差し出した。グウィンドールは、それを興味深そうに検分する。
「ほう。これは、シンプルながらも、そちらの素材をふんだんに使った、良い栄養の食べ物なのですね?」
「そうなんです! 中に入っているのは豆ですし、この白い柔らかい感触のものは、餅と言って、おにぎりとは違う、お米を練って作ったものなんです」
僕は、大福がいかに栄養豊富で、日本の伝統的な素材から作られているかを説明した。
「なるほど……。栄養価は確かに高そうです。しかし、確かに、私たちの世界のケーキやパンに比べたら、この柔らかい食感は、我が世界では流行りにくいかもしれませんね……」
グウィンドールは、僕の言葉を理解しながらも、眉を下げた。僕は、それでも諦めきれない気持ちを彼にぶつけた。爺ちゃんとの思い出、この和菓子がサイコーマートの誇りであること、そして、何よりも彼らに喜んでほしいという僕の純粋な思いを。
「なるほど……。確かに、その熱意は感じます。カツヤさんが、こんなにも何かを流行らせたいと思うのは、珍しいですね」
僕の性格をよく知っているグウィンドールは、面白そうにそう答えた。彼の言葉は、僕の熱意がきちんと伝わった証拠だ。
「何か、他にプラスになるような情報はないでしょうか。そこから、何か糸口が掴めるかもしれません」
グウィンドールの言葉に、僕は深く頷いた。確かに、僕らの「美味しい」という感覚だけでは、彼らには伝わりにくい部分がある。異世界の人々には、もっと具体的なメリットを提示する必要があるだろう。僕は、初めて「プレゼン資料」なるものを作ってみる決意をした。
もちろん、こういう資料作りは初めてだ。慣れている人に聞くのが一番だろうと思い、僕は本社の横山さんにLIMEで相談してみることにした。
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LIMEの会話
カツヤ: お疲れ様です。実は、異世界の人に和菓子を流行らせたくて、プレゼン資料を作ろうかと……。何か、資料作りのコツとかありますか?
横山さん: 面白いね。和菓子が異世界デビューか!やってみようか。
カツヤ: ありがとうございます! よろしくお願いします!
横山さん: たとえば……彼らは肉体を使うことが多いよね?
カツヤ: 確かに、ライリーたちもブロンコも、みんな肉体労働派ですね。
横山さん: 和菓子って、トレーニングとかスポーツにいいって聞いたことがあるよ。
カツヤ: なるほど!
横山さん: そういう切り口で資料を作ってみたらどうかな。彼らに響くはずだよ。
カツヤ: やってみます!
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横山さんのアドバイスに、僕は「なるほど!」と声を上げた。そうだ、彼らは戦士だ。肉体を酷使する彼らにとって、栄養補給という切り口は、きっと理解しやすいはず。
僕は早速、和菓子とスポーツに関する情報を調べてみた。
和菓子には、
・脂質が少ない
・炭水化物が多い
・食物繊維が多い
・糖が多い
これらの特徴があるらしい。詳しくない僕でも、なんとなくスポーツに良さそうな言葉が並んでいるように感じた。それに、もしかしたら、彼らの異世界でなら、魔法的な肉体回復効果も期待できるかもしれない……なんて、ちょっと夢みたいなことも考えた。
そうだ、異世界の競技者に食べてもらったらどうだろう? 運動後の肉体回復に最適だというなら、彼らの世界にも、きっと激しい運動をする者たちがいるはずだ。羊羹も含めて、彼らに提案してみよう。
僕は、初めてのプレゼン資料作りに、珍しく寝不足になりながら、夢中になって取り組んだ。僕の和菓子が、異世界で彼らの役に立つ日が来ることを願って。
プレゼン当日……というには、あまりにもささやかな、僕なりの「発表会」が、いつものサイコーマートのイートインスペースで開かれた。
僕は、徹夜で作り上げた資料を、グウィンドールとライリー、そして、なぜか今回は静かに僕の話を聞こうとしているブロンコに差し出した。資料と言っても、文字は一切なく、イラスト屋さんのイラストのみで構成された、シンプルなものだ。残りの情報は、僕が言葉で説明する。
「さあ、お二人……いや、三人に、僕がおすすめしたい和菓子のことを説明します!」
そう切り出すと、僕の胸はドキドキと高鳴った。生まれて初めて作った、プレゼン資料。社会人って、普段からこんな資料を当たり前に作っているんだろうか? だとしたら、本当にすごいな、と僕は素直に感心した。
イートインスペースのテーブルに広げられたのは、イラスト屋さんの絵がふんだんに使われた、カラフルな資料。文字は一切なく、僕が言葉で補う形式だ。緊張しながらも、僕は和菓子への情熱を込めて、彼らに説明を始めた。
「さあ、皆さん! 今日は、僕がどうしても皆さんに知ってほしい、僕の国の自慢の食べ物の話です!」
僕が指差したのは、最初の一枚。可愛らしいおにぎりのイラストの隣に、もっちりとした大福の絵が並んでいる。
「まず、これを見てください。右側が今回紹介したい『餅』というもので、左のおにぎりと同じ、お米からできてるんです。でも、おにぎりみたいにそのまま食べるんじゃなくて、こう、練り上げて、すごく柔らかくしてるんです」
ライリーは、真剣な表情でイラストを見つめている。ブロンコは、まだ少し不審そうに眉をひそめていたが、グウィンドールは「ふむふむ」と静かに頷いていた。
次に、僕はページをめくり、大福の中身、小豆のイラストが描かれた部分を指差した。
「そして、この中に詰まっているのが、『豆』です。僕の国では、この豆を甘く煮て、餅の中に入れるんです。これで、甘くて、栄養たっぷりの大福の完成!」
ブロンコが、わずかに身を乗り出した。「豆……か。それは、力が湧きそうだな」
僕は、待ってましたとばかりに次のイラストを提示した。それは、筋肉質な人間が走ったり、重いものを持ち上げたりしている、スポーツシーンのイラストだ。
「そして、ここが一番重要なんです! 和菓子は、君たちのような肉体を酷使する人間に、最高の食べ物なんです!」
僕は、熱を込めて語った。
「見てください、このグラフ……じゃなくて、イラストの通りなんですけど」
口を滑らせそうになったが、なんとかイラストを指差して言葉を続けた。
「和菓子は、脂質が少ないのに、炭水化物と糖が豊富なんです。つまり、すぐにエネルギーになる! 激しい訓練や戦いの後で、疲れた体に瞬時に活力を補給できるってわけです。例えるなら、魔法のポーションみたいに、疲労を吹き飛ばしてくれるんですよ!」
ライリーの目が、キラリと光った。「ほう、魔法のポーション、だと?」彼の興味を引くことに成功したらしい。
「さらに、食物繊維も豊富だから、体の調子を整えるのにも役立つんです。そして、何より柔らかいから、激しい運動の後でも、胃に負担がかからない。効率よく栄養を吸収できる、究極の補給食なんです!」
僕は、興奮気味に説明を終えた。
グウィンドールは、顎に手を当てて深く考えている。ライリーは、腕組みをしながら、何度か頷いていた。ブロンコは、まだ警戒しているものの、先ほどのような嫌悪感は薄れているようだった。
「なるほど……。単なる嗜好品ではなく、機能的な側面も持ち合わせていると。特に、その『即効性のあるエネルギー補給』と『胃への負担の少なさ』は、戦士にとって、極めて有用な情報ですな」
グウィンドールが、静かに、しかし力強く言った。彼の表情には、先ほどの疑念はもうない。
ライリーも続いた。「俺たちの知る補給食とは、まったく違う発想だ。……確かに、訓練の後には、すぐに力が欲しい時がある」
僕は、これはいけるかもしれない、と確信した。彼らの関心は、確実に僕の和菓子へと向いている。
僕が差し出した、イラストだけのプレゼン資料を、ライリー、グウィンドール、ブロンコは興味深そうに覗き込んでいた。緊張しながらも、僕は話を続けた。
「そして……これは僕の想像なんですけど、これからアシュロ国が完全に平和になったら、きっと争うことや競うことも、戦いじゃなくて、もっと別の形になっていくと思うんです。例えば、僕の国みたいに、スポーツとかで競い合うことが増えていくんじゃないかなって」
僕の言葉に、三人は顔を見合わせた。平和になった未来の姿を、それぞれが思い描いているのが伝わってくる。
「そんな時、この和菓子は、ただの甘いお菓子じゃなくなると思うんです。激しい運動で疲れた体を癒し、次の挑戦への活力を与える……まさに、平和の象徴的な食べ物になるかもしれないんです!」
そう言い切った瞬間、三人の顔に、明確な感動の色が浮かんだ。ライリーは、感心したように深く頷き、グウィンドールは、じっと資料のイラストを見つめている。ブロンコも、普段の豪快さが嘘のように、真剣な眼差しで僕の話を聞き入っていた。
僕の拙いプレゼンが、彼らの心に、確かに響いた。この和菓子が、アシュロ国の新しい平和の象徴になるかもしれない。そんな未来を想像すると、僕の胸は、これまでにないほど熱くなった。
「カツヤ……ありがとな。そんなことまで、俺たちの国のことを考えてくれてるなんて」
ライリーが、心からの感動を込めた面持ちで、僕に話しかけてきた。その瞳には、熱いものが宿っているように見えた。
「いえ、一介のコンビニ店員にできることなんて限られてますけど……お役に立てるなら本望です」
僕は照れながらも、素直な気持ちを伝えた。
「うん、資料もよくできていましたよ。特に、平和後のアシュロ国の在り方についての考察は、素晴らしいものでした」
グウィンドールが、資料をもう一度見つめながら、納得したように頷いた。彼の知性にも響いたなら、僕のプレゼンは成功だ。
「俺、細かいことはよくわかんねぇんだけど、もし、本当にスポーツで競う世界が来たら、俺が全部優勝してやるぜ!」
ブロンコが、いつものように豪快に叫んだ。
「いや、そう言うことじゃないだろ!」「そこじゃないでしょう、ブロンコ!」
ライリーとグウィンドールが、見事に息の合ったツッコミを入れる。平和の象徴として、まさか個人競技の頂点を目指すとは、ブロンコらしいといえばらしいが。
「しかし、受け取ったぜ、お前の思い。早速本国に持ち帰って、この和菓子の効能と、お前の平和論を検証してみるか」
そう言うと、ライリーは棚にある大福や羊羹を、これでもかとばかりに大量に買ってくれた。その一つ一つに、僕の想いが込められているように感じた。
友人相手とはいえ、初めてのプレゼンは、大成功に終わった。僕は、なんとなく、その達成感の余韻に浸っていた。この和菓子が、異世界でどんな未来を切り開くのか。今はまだ、その始まりに過ぎない。




