第99話「僕が僕の母親の腹を裂いて産まれたその日から」
佐竹のやつ……コミュ障を克服しろ、なんて余計なお世話なんだよ。
とはいえ、まあ、これから先のことを考えると、確かに「コミュ障」という言葉に甘えているわけにはいかない。とりあえず人並みに会話できるようにならないと。
超能力者のごたごたにもよく巻き込まれるし──ん?
よく考えて、気づいた。
「俺、超能力者とは滅茶苦茶喋ってるな……」
まあ、会話ではないし、能力を使うための[命令]ではあるんだけれども。ちょっとは会話していたような気がしないでもない。
「咲原くん」
「うお、倉伊?」
倉伊ともまだ短い付き合いだが、色々あった。まあ、色々あった、だけで片付けていいのかは疑問だけど。
「大丈夫だよ、僕は君を殺したりしない」
その言葉に微妙な気持ちになる。
倉伊は超能力界隈に名を轟かせる凄腕の殺し屋[殺刃鬼]である。能力の詳細については聞いていないけど、変化系の能力だろう。腕を黒い刃に変形させているのを見た。変形した腕は任意で能力を解いて元に戻すことができるようだ。その際に黒い羽根が一枚落ちる。現場には黒い羽根しか残らず、その黒い羽根と、刃物で斬りつけられた痕から[烏の刃]なんて名前がついた。
倉伊の狙いが俺ではなかったこともそこそこに意外だが、その真の狙いが五十嵐であることの方が驚きだ。
「王よ、倉伊と何か話していたのか?」
「これから話すとこだよ」
俺だけがもやもやしているみたいで、五十嵐は自分が倉伊の標的であることを知っても、今まで通り、倉伊と接していた。
いや、今まで通りではないか。表面上は今まで通りに見えるけれど、どこか距離があるような気がする。雰囲気だけど。
色々明らかになって、俺としても情報過多な感じなんだけど、五十嵐はそうでもないんだろうか。それともその超人的な先見の明で気づいていたんだろうか。
「うん、合唱コンクール、頑張ろうねって」
「そうだな。倉伊が伴奏者なら安心だ」
「佐竹があんなこと言わなきゃ、俺じゃなくてお前だったんじゃないか、指揮者」
俺は思っていたことを五十嵐に明かす。
五十嵐は[みんなの五十嵐さん]である。そう呼ばれるくらいカリスマがあって、人に慕われる器がある。[王]なんて呼称は俺なんかよりこいつのが似合うだろう。
俺の言葉に五十嵐が笑う。
「私に指揮者は無理だ。リズム感が人と合わないんだ、昔から」
「え、そうなの」
でも、あまり意外でもなかった。五十嵐は普通の中に埋もれるような人間じゃない。超能力者でもないのに、強制力を使えたりするし、いじめから逃れるために中二病を演じたりするし、思考回路が常人の斜め上を行っている。それがみんなと馴染めているのは、五十嵐に人を惹き付ける力があるからだろう。
人よりワンテンポずれている。それが五十嵐だ。人と合わせることができるから、軋轢がないだけで、本当はテンポがずれて居心地の悪い思いをしているのかもしれない。
「だから本当はピアノも弾けるといえば弾ける。周りと合わせられないんだ」
テンポが一定で弾けないのだという。本当は人に合わせたくない、自分の歩調で歩きたいという感じがとても五十嵐らしくて、俺はなんだか安心した。
「なんとなく、そうだと思った。僕が調べた限りだと、李王さんは昔、ピアノコンクールで賞をとるくらい、ピアノが弾けたらしいから」
「それは初耳だな」
「賞をとったのは子どもの頃の話だから……トロフィーとか、賞状とかは全部実家に置いてきたんじゃないかな」
「実家というと……伏見氏のところの?」
「たぶん」
健一朗さんの実家。訳あって「伏見」ではなく「出水」というらしい。五十嵐の親父さんはそこの家の放蕩息子で、勘当されて、名前を変えて、五十嵐李王となったらしい。
その李王さんが理由で、五十嵐だけでなく、五十嵐の弟や健一朗さんも倉伊の標的になっている、妙にややこしい状況だ。それでも普通に学校生活を送れているのは、倉伊の提案からだった。
夢先生を説得するので、見逃してほしい。
倉伊が[殺刃鬼]ということは健一朗さんにはまだバレていない。俺たちが秘密にすることに決めた。そのことで、倉伊と話し合った。あの場面では、倉伊が[殺刃鬼]であることを知らない健一朗さんたち相手に夢先生のことだけを説得する、と言ったが、倉伊も同じことを考えていたらしい。
俺たちと別行動の間、戦ったであろう五十嵐と倉伊のやりとりについて、二人から聞いた。二人が共通のクソ親父によって、人生を狂わされてきたこと。
倉伊が五十嵐や健一朗さんを狙うのはそのクソ親父[五十嵐李王]の縁者だからだ。だが、五十嵐の言葉で、倉伊は立ち止まって考えることにしたらしい。
──死ぬために生きるな、か。なんか、五十嵐らしくてほっとする。五十嵐は中二病ぶっているけれど、実のところは少年誌の主人公ばりに熱血漢だ。女だけど。
とりあえず今は、学園生活を楽しんでみることにする、というのが、倉伊の今のところの結論だった。
「学校に通うの初めてだから、学校行事も初めてだな」
「え、ピアノとか習ったんじゃないの?」
「[空の街]には色んな人がいるからね。学校に行かなくても教えてくれる人がいる。……僕を育ててくれたのは超能力研究家の学者先生だよ」
「えっ!?」
超能力研究してる人って、知実さん以外にも本当にいたんだ!?
倉伊は話してなかったっけ、と不思議そうな顔をする。
「カーネーション女史。佐倉知実さんが名を馳せるより前から存在している超能力研究者だよ。ニーノさんの夢の中でも出てきたと思うけど」
そういえば、[学会]に論文出してた人がカーネーションっていう名前だった気がする。[空の街]に住んでいるということは、相応に訳ありなのだろう。
「知実さん、知ったら滅茶苦茶会いたがるだろうな……」
「あはは。佐倉さん、かーさんの論文気に入ってたみたいだもんね。でも、かーさんには会わせられないな」
「病気か何かか?」
俺は何気ない話題のつもりで聞いた。倉伊も何気なく、「ある意味そうかも」と告げる。
「かーさんは二重人格になっちゃってさ。僕が僕の母親の腹を裂いて産まれたその日から」