第98話「この曲には不思議な力があってな」
俺から指名を受けた五十嵐と倉伊がきょとんとする。
まず口を開いたのは五十嵐だった。
「[王]直々の指名、光栄に思う。しかし残念ながら、私はピアノが弾けない」
五十嵐の一言にクラス全体がどよめいた。なんでもできることで有名な五十嵐舞華にもできないことがあるなんて、思いもしなかったのだろう。俺もできると思っていた。
というか、超能力者と戦うのと比べたらピアノなんて楽勝そうだけど? 五十嵐の能力値おかしくない? いつもだけど。俺も弾けないけどさ!
俺は恐る恐る、倉伊に振り向いた。これで倉伊もピアノ弾けないだと俺はただの赤っ恥である。別に赤っ恥なのはどうでもいいけど、倉伊に変に気を遣わせることになりたくない。
俺と目が合った倉伊はにこりと微笑む。それから挙手した。
「はい、倉伊くん」
「たぶん、その曲もう弾けます。どこかピアノ借りられる場所、校内にありますか?」
「ん、えーと、ピアノならそこのホールに……ってんん!? 倉伊!?」
「じゃあちょっと弾いてみますね。見たい方はどうぞご自由に」
「待て待て倉伊、今!? いや楽譜! 音源さっき公開したばっかだけど!? いやツッコミどころ多くて間に合わねえ!!」
慌てふためく佐竹。倉伊はもう教室の外である。自由だな。
教室たちを抜けたちょっとした広場にピアノが置いてあった。幸い、誰も使っていないようだ。
倉伊は鍵盤の蓋を開け、椅子に腰かける。それから徐に弾き始めた。
滑らかで柔らかな曲調。去っていく太陽を一抹の寂しさと共に見送るような音色。明日も会えるとわかっているけれど、あまりに長い夜に歌うような。そんな言葉を伴わない感情が風のようにうねって、廊下を吹き抜け、階下まで巡っていく。
とても初見とは思えないくらいのクオリティ。音は一つだって外していない。譜面もないのに、倉伊はしっとりと弾ききってみせた。
「すごい……」
誰がこぼした感嘆だろう。それくらい倉伊の演奏は素晴らしいものだった。もしかしたらご本人ではと思うくらいに。
「へえ、倉伊、面白いな」
「佐竹くん」
佐竹は倉伊を「すごい」ではなく「面白い」と称した。
「さては倉伊、この曲のことよくわかってるな?」
「あはは、どうかな」
「ふふん、倉伊が伴奏者で異議のあるやつ、いるかー?」
誰も微動だにしなかった。むしろこれ以上の奏者を国の中から探すのだって難しいかもしれない。
「じゃあ決まり。パート分けは音楽の授業でな。人数調整もあるから、希望のパートになれなくても喚くなよ」
「パート分け女子しかないでしょ!」
「エンジェルボイスの男子がいるかもしんねーだろ」
「いるか!」
佐竹の冗談にどっと笑いが起こる。佐竹のこういう才能すげーよな、と感心しながら教室に戻った。
司会進行の終わった佐竹が後ろの席に戻ってくる。
丸く収まった感を出しているクラスメイトたちだが、俺は納得してないからな?
「佐竹」
「うお、なんだよ、怖い顔して」
「なんで俺を指揮者になんて指名したんだよ!?」
自由時間になってそこそこがやがやした中で俺は佐竹に怒鳴る。佐竹以外の人物には間違っても怒鳴ったりしない。まあ、そういう意味では気の許せるやつ、ということになるのだろうか。
それはそうと。
「対人恐怖症とコミュ障を足して割らないタイプの人間を矢面に立たせるな」
「いや、こうでもしないとお前、いつまでもそのままだろ」
「このままで何が悪いんだよ」
「悪いだろ。お前、高校出たらどうすんの? 大学? 社会人? どっちにしたって人と接しないで過ごすなんて無理だぜ?」
それはその通りすぎて何も言えん。
「五十嵐や倉伊や半田、図書室の兄さんとも普通に喋れんだろ? じゃあこの際コミュ障くらい克服しようぜ。大体、俺とだって普通に話せてんだろ」
「お前とは一体何年の付き合いだと思うんだ」
まあ、言わんとするところはわかる。
俺は上手く喋れないだけ、とも言える。それは知的障害があるから、とかじゃなくて、俺が単純に人と関わりたくないから喋らないでいたために、会話能力がないとも言う。
大学でわいわいする気も、社会に出てばりばり仕事こなすイメージもないが、まあ、高校生にもなれば、先のことはちゃんと考えて自分の能力を育てていかなくてはならないのはわかる。
だからって指揮者って荒療治が過ぎないか?
「ま、指揮者ってったって、結局最後はみんなの前で手ぇ振ってればいいんだけどさ。なんとなくな、お前に似合ってると思うんだよな」
「どこが?」
俺がぎろ、と睨むと、佐竹は茶目っ気たっぷりに笑った。
「なんとなくっつったろ。ああ、それか、五十嵐に影響されたかもな」
うっわ、めっちゃスルーしてたけど、五十嵐さらっと俺のこと[王]とか呼んでたもんな。そんなの近くで聞いてたら移るか。
まあ、五十嵐が[そういう設定]で行動しているとはいえ、なんで俺が[王]というポジションなのかは不明なんだけど。
「それに、さっき倉伊の伴奏聴いて何か感じなかったか? この曲には不思議な力があってな」
佐竹が俺の胸元をとん、と突いた。
「それがお前の背中を押すはずだって思ったんだ」




