第100話「なんて言ったらいいかわからない」
「なんて言ったらいいかわからない」
素直にそう口にした。そうとしか言い様がない。なんだ、母親の腹を裂いて生まれてきたって。帝王切開とかそういうことではなさそうだぞ。
まさか、と顔色を失うくらいしかできない。他にどうしろっていうんだ。倉伊はにこにこと歓談でもするかのように続ける。
「僕の力は、母親の胎内にいるときからあったんだ。僕がこの力で、一番最初に殺したのが、母親だよ」
腕を黒い刃に変える力。文字通り「腹を裂いて」生まれたのだろう。かなりきつい話だ。
俺は五十嵐を見る。五十嵐が心配だった。俺は男だから「かなりきつい」程度で済んでいるが、五十嵐は女の子だ。いずれ誰かと結ばれて、子どもを身籠ることもあるだろう。そんな人が、こんな話を聞いて、平気でいられるだろうか。
と、滅茶苦茶心配したのだが、五十嵐は案外けろっとしていた。
「それを見ていたのがカーネーション女史というわけか」
「それと、リンさんって僕の知り合いも。リンさんは僕を生かすのに必死で、僕の母親のことはよく覚えてないらしいんだけど、かーさんは僕の母親と仲が良かったらしくて、すごくショックを受けて、錯乱して、当時の[空の街]のオーナーに昏倒させられたって聞いたよ」
「……当時の? [空の街]って、夢先生の能力じゃないのか?」
たぶん、倉伊もあまり長く自分の出生の話をしたくなかったのだろう。倉伊が出した論点ずらしに俺は乗った。
純粋に疑問だったのもある。倉伊が生まれる前から[空の街]があったとして、まるっと十六年以上は存在していることになる。夢先生は見た目が年齢詐欺だが、十六年引いたら、さすがにせいぜい学生だろう。お姉さんも生きていた頃かもしれない。
それに[空の街]──超能力者の住む街についての噂は俺が生まれるより前からあるらしい。知実さんが学生の頃には概念くらいは存在したという。
「[空の街]は超能力者に許された最後の安住の地、或いは桃源郷。いつから存在するのかは僕も知らないけど、長らく受け継がれてきた能力だよ」
「継承式の能力か。初めて聞いた」
「たぶん[空の街]は希少例だよ。歴代の能力者曰く、昔はたくさん異空間隔離街があって、ちょっとした国ができるレベルだったらしいよ」
まあ、いつの時代も社会に馴染めない人間や世間から爪弾きにされる人間はいるということだ。異空間系の能力者が街を作るとか、異空間の中に引きこもるくらいしてもおかしくはない。できるなら俺もそうしたいクチである。
五十嵐がなるほど、と声を上げた。
「[空の街]以外は継承ができなかったか、継承適性者がいなかったというわけだ」
「そういうこと。ニーノさんを見つけるのにも、世界中を探し回ったって話だし、ニーノさんもそろそろ継承者を探さなくちゃならない。なかなか見つかるものではないから」
それはそうだろう。夢先生の[夢想の支配者]ほどの同調能力、強制力を併せ持つ存在を探すのは難しいはずだ。夢先生はなんでもないように使っていたが、超能力は能力が特殊なだけで、使う人間の基礎能力を上げるものではないからだ。俺が初めて[傀儡王]を使ったときの話がいい例だろう。どんなにすごい能力でも、使いこなせなければ意味はない。
[空の街]は異空間系の能力であるからして、同調能力の精度が求められるのはもちろん、空間を開けたり閉じたりするときに強制力も使用するはずだ。夢先生は感覚的にやっているのかもしれないが、今の時代、様々な世界の不思議が科学によって解明されて、メカニズムが暴かれてきたことによって、人間の脳は[メカニズムを理解できないとできない]という感じになっているらしい。俺が[傀儡王]という強力な力を使う上での制限として認識している[目を合わせる]や[名前を呼ぶ]というのも、俺がメカニズムを勝手に組み立てているだけで、以前に[傀儡王]を所持していた超能力者は呼吸や瞬きと同じように能力を使えたはずだ。知実さんがそう言っていた。
皮肉なことに、両親にかけた[傀儡王]は[目を合わせ]てもいないし、[名前を呼んで]もいない。俺が勝手に設けた制限なのだ。
「そういう意味では、僕も適任といえば適任だって、ニーノさん言ってたよ」
「そうなのか?」
[殺刃鬼]は変化系の能力だから、同調能力、強制力、どちらかに極端に振れているわけではないはずだが。
「ほら」
倉伊が何の気なしに立てた人差し指を見て、俺はぎょっとする。それは人差し指ではなく、黒い刃になっていた。瞬き一つもかかっていないかもしれない。
それは俺が目を見開くと普通の人差し指に戻り、ふわっと黒い羽根になって落ちる。
なるほど、自由自在ってわけだ。感覚的に能力を使えるという点では、夢先生と同等のポテンシャルを持っている。
落ちた黒い羽根を五十嵐が拾う。
「そういえば、これについても倉伊は何か知ってんの?」
五十嵐を示した。
「普通は触ると消えるらしいじゃん、この羽根」
[殺刃鬼]が正体不明だった理由である。現場に唯一残った証拠らしき黒い羽根もピンセットですら掴めない。触れただけで消えてしまう。だというのに、何故五十嵐は素手で触れるのか。
「呪いだよ」
「え」
「五十嵐李王の子どもに向けられた[呪い]」
俺は声が出なかった。
五十嵐李王というのは、倉伊の父親であり、五十嵐の父親であるくそ野郎だ。その子どもに向けられた[呪い]?
超能力が存在する世の中で呪いを迷信だとか、非現実的だとか言うつもりはないが、それはあまりにも……あんまりじゃないか。
「[憑依霊]の話は覚えてる? あのときの女の子も李王さんの子なんだよね。きっとあの子も、僕の羽根に触れたと思う。五十嵐さんが超能力者じゃないのも、僕がこんな力を持つのも……もしかしたら、五十嵐さんの弟さんが、これから持つことになるかもしれない能力も、五十嵐李王が裁かれることなく死んだために刻印された[呪い]だよ。あの子は、李王さんの呪いに苛まれる前に、お母さんに呪われたから、そういう円環から外れられたんじゃないかな」
「ローザって子のことか?」
「うん」
呪いとか、いきなり物騒でちょっと軸の違う話になって、驚きを隠せなかったが、倉伊が抱えた爆弾……十六年以上、一人きりで抱え続けた爆弾はそんなものじゃなかった。
「その子の名前、僕のお母さんと同じなんだ。バンシーさんが、李王さんに他の女がいるって知って、暗殺者としてのコネクションを使って知った李王さんと関係を持っていた女性の名前で、一番最初に李王さんの子どもを産んだとされるのが、僕のお母さんだったんだって。それで、李王さんへの当てつけのつもりで、子どもにその女と同じ名前をつけたらしいよ」
怖すぎる。バンシーって人もだけど、五十嵐李王って、業が深すぎるな……
そんなやつの業を、五十嵐や倉伊は背負っているっていうのかよ。それは確かに[呪い]という言葉も使いたくなるだろう。
俺は……
「なんて言ったらいいかわからない」




