第101話「私はあいつを許さない」
五十嵐李王を巡る呪い。なんだかきな臭いな……巻き込まれたのが子どもたちっていうのもなんだかもやもやする。
まあ、俺が悩んだって仕方ないんだけどさ。
「そういえば、あれから五十嵐の母さんとは会ったの?」
「うん。不思議な人だよね」
五十嵐の母親は女手一つで二児を育てるシングルマザーだ。李王のこともあって、風当たりは強かっただろうに。
「あの人は標的じゃないんだ。あくまで、僕の標的は李王さんと同じ血を引く者だから。でもあの人はこう言ってたよ。『子どもに罪はない』って。『悪いのはあの人と、それを許した自分』って……」
倉伊が俯く。倉伊は今までも、李王に関係のある人を殺して回ってきただろう。その中には五十嵐やローザちゃんに限らず、子どももいたはずだ。生まれてきただけで疎まれる忌み子。本当に悪いのは親なのに。
倉伊だって、そういう被害者の一人なのに、一人で背負わなくてはならなかった。だって、正体を知られてはいけない。彼は最強の暗殺者だから。
法廷で、殺した人数を言うだけで死刑が決まるであろう人数を殺してきている。たぶん俺も、故意でないとはいえ、殺されかけたから、倉伊を責めなくちゃいけないんだと思う。
でも、望んで得た力じゃない。それは同じ超能力者の俺だからわかる。誰が望んで母親を殺したかっただろうか。自我も何もない、胎から出るそのときに。
俺は五十嵐を見る。五十嵐は痛ましげな顔をしていた。けれど、何も言わない。倉伊と目を合わせないように視線をさまよわせているのがらしくなくて、俺は見るのをやめた。
「僕はね……李王さんみたいなろくでなしは存在しちゃいけないと思うよ。それと同じくらい、僕も存在を許されちゃいけないんだ。だって、李王さんの血が流れている。僕の存在を肯定することは、李王さんが存在したことを許してしまう」
「そんな」
「──と、思っていたんだけど」
倉伊は肩を竦めて笑った。わかんないや、と。
「乙奈さんと話したら、わかんなくなっちゃった。あの人がさ、なんで李王さんを許しちゃったのか、さっぱりわからないんだけど、李王さんが広葉樹の葉のように踏み潰してきた女性の中で、どうしてあの人を選んだのかは、わかった気がしたな」
五十嵐の母、乙奈さんは、一夫多妻が許されるなら、正妻と呼ばれるであろう人物だ。その理由はただ一つ。他の女性を木の葉のように踏みつけにした李王が唯一、踏みつけにせず、籍を入れて共に家庭を築いた相手だからだ。
残念ながら、俺にはわからない。人を大切にしない人のことをわかろうなんて思えない。でも、倉伊は違うんだろうな。どうしたいとかじゃなくて、わからなきゃいけないんだ。
五十嵐李王の最初の子どもだから。
「あれ? でも、倉伊が最初の子どもっていうなら、五十嵐は? 同い年、なんだよな?」
「僕、学校に行ったことないから、高校に入学するにしても、一年からでしか入れないんだ」
「ってことは、年齢的には一学年上?」
「あんまり変わらないよ。三月生まれだもの」
倉伊はからからと笑う。確かに、あまり違わなかった。
でも、それは、五十嵐が最初の子どもになり得たということになる。二人の誕生に一ヶ月も差はない。それは倉伊の誕生が一月でも遅かったら、五十嵐が倉伊の背負っている業を背負うことになったかもしれないという話だ。
「女の子が背負うようなものじゃないよ。だから僕は自分で生まれてきたんだ。五十嵐さんの名前もきっと」
「言うな、倉伊」
五十嵐は、倉伊に嘆願する。
「言わないでくれ。頼むから」
五十嵐が苦しげに言った。
ローザとは薔薇のことだ。五十嵐の名前は舞華。たぶん、ローザさん、倉伊の母が日本人だったなら、選ばれていた可能性があった。それが五十嵐の名前に表れている。
おそらく、[舞華]という名前は未練だ。李王はローザさんを選ばなかった。ローザさんは李王を許したもう一人の女性なのだろう。それが、死んだと知った李王が、娘につけたのが[舞華]という名前。花が舞うのは、花が散るからだ。
バンシーと変わらない。五十嵐に[ローザ]と名付けたようなものだ。
そんなのって、あんまりだ。
「私はあいつを許さない。あいつは隼人を傷つけた。私たちに見えない傷をたくさん残すだけ残して、誰に罰されることもなく、ただ死んだ男のことを、誰が許すものか」
「……五十嵐さん」
倉伊は言った。
「そういう李王さんへの怨嗟が、僕たちへの呪いを強めるから、君の弟も超能力者になるんだ」
五十嵐がかっと目を見開く。俺はヤバい、と脳内で思ったが、対処は間に合わなかった。
五十嵐が倉伊に迫り、掴みかかり、そのままがっと壁に打ち付けた。倉伊は後頭部を強打したはずだが、慣れきっているかのように、感情の消えた凪いだ目をしているだけだった。
「倉伊、何か知っているのか!? 隼人が、超能力者になるって……」
「五十嵐、離れろ」
「咲原、大事な話なんだ」
五十嵐が俺を振り払う。
そこへ。
「うわ、修羅場」
「五十嵐さんと転校生くんと……誰、あいつ?」
現場を茶化すように、野次が介入してきた。
あーっ、もうやだ!!




