第90話「新乃夢」
繰り返しになるが、一番手っ取り早く済むのは夢先生の能力を封じることだ。それができたら、今こんなに困っていない。
俺の同調能力では、空間全体が自分の波長だという夢先生に[傀儡王]をかけることができない。これが一番問題とされる部分だろう。
半田は夢先生以外の波長を捉えるのでいっぱいいっぱいだ。俺がなんとかするしかないが、手立てが今のところ、ない。
どうしようか、と思ったところで、夢先生が声を上げる。
「咲原クン、何ソレ」
「えっ」
それってどれだ、と思っていると、無機質なアナウンスが流れてくる。
「マスターのシグナルを検索中……」
俺ははっとした。これはカロンだ。声のした方を向けば、シグナルロストのときからうんともすんとも言わなかった小バエ型(小指の先くらいの大きさ)探知機が滞空していた。
カロンの言う[マスター]は知実さんのことだ。もしかして、さっき俺が知実さんを[傀儡王]で起こしたとき、知実さんのシグナルとやらが復活したっていうことか? 予想外だけど。
カロンは人工的に作られた同調能力発生装置だ。視認しなければ認識が薄れるレベルで周りと同調するのが上手い。
「マスターのシグナルを確認、起動します」
ぶーん、と独特の羽音を立てるカロン。
夢先生が顔をしかめる。
「へえ……波長が捉えにくいネ、ソレ」
俺は思い出した。知実さんの研究を。
俺が知実さんに協力するのは超能力を消滅させるためだ。俺の能力が消えたら、俺の能力が解けていない両親を元に戻せると考えているから。
協力関係にあるということは、経過であれ、結果であれ、目的が同じ部分があるということである。つまり、知実さんが超能力の研究をする理由の一つに[超能力を消す]というものがあるのだ。
そのために知実さんが採っている手法が[擬似超能力の開発]である。簡単に言うと、作れるものは壊せるだろうって話である。人工的に超能力を生み出すことができるのなら、人為的に超能力を消すことも可能なのでは、という仮説を元に研究している。
その一環として制作に成功したのが同調能力を操る機械のカロン。小バエ型である必要はなかっただろうが、俺でさえ存在を忘れるほどに同調が上手く、周りにも感知されにくい。カロンの同調能力の性能は折り紙つきだ。
同調能力は波長を捉えて合わせる能力。だが、能力にかからないように波長を捉えさせない能力でもある。機械に超能力が効くのかは不明だが、少なくともカロンは同調するための波長を持っている。夢先生からすると、突然現れた異分子だ。普通なら小バエの一匹くらい気にしないだろうが、なんか喋ったからな。
これはチャンスだ。夢先生の気がカロンに逸れ始めた。状況を打破しうる一筋の希望。カロンに同調して、カロンに同調しようとしている夢先生に同調できれば……
──いや、違う。
他者を介しての同調では|夢先生に勝てない。何より、[傀儡王]の能力効果が弱まる。そうじゃないんだ。俺が今すべきは、夢先生の膨大で複雑な波長を全て捉えて、自分で同調して、[傀儡王]を発動すること。そうすれば、半田に負担をかけずに済む。夢先生だけの波長を捉えるんだ。
「カロン、教えてくれ」
カロンは撹乱するようにそこら中を飛び回っている。俺の声を聞いているかは不明だ。それでも、俺は思いついた一つの策を実行に移す。
半田とカロンに同調する。半田は夢先生とカロン以外の波長を捉えている。そこにカロンの波長も捉えれば、他にこの空間に満ちる波長は全て夢先生のものということになる。
カロンの波長は確かに捉えづらく、繊細だ。ただ、同調能力が研ぎ澄まされていくのがわかる。
通常、五感では捉えられないはずの波長が聞こえる。視える。きっと触ることだってできるだろう。
俺はそっと半田を後ろに押して退けた。
「咲原くん……?」
なんだろう。目に力が集中しているはずなのに、目が冷えて、冴えていくような感じがする。
視えた夢先生の波長は絡まった糸のようだった。太いもの、細いもの、毛糸のようなもの、絹糸、編み込まれたもの、縫いつけられたもの、様々あるものが様々な絡み方をしている。これら全てを認識して、正しく波長を流すことで、夢先生の能力は成り立っているのだ。
同調するのは、このばらばらな糸たちの隙間を縫うように埋めて、一枚の塊にするイメージ。正しく流さないと、同調できないけれど、視える今ならできる。どこをどうすればいいかも、糸たちが教えてくれる。
簡単だ。同調範囲を反転すればいいのだから。俺たち以外の全ての波長が夢先生だというなら。
異空間には果てがある。この空間が黒いのがその証拠だ。波長が視えて聞こえる今ならわかる。異空間系の能力の中でも夢先生の能力は異端だ。何故なら、この空間は夢先生の波長のみで一から作り出されたものだから。故に、この空間の全ての波長が夢先生の波長という途方もない現象が起きているのだ。
空間そのものである夢先生と同調することは自らを危険に晒すことでもある。超能力者に同調するということはその能力をわざわざ受けに行くようなものだ。夢先生の[夢想の支配者]のような精神に関わる能力なんかは特に危険である。
だが、俺とて無策なわけではない。夢先生の強制力に負けなければいい。
「新乃夢」
俺は[傀儡王]を発動する。今まで余裕の表情だった|夢先生は、途端にびくりと体を跳ねさせた。呆気にとられたように目を見開く。
「まさか、そんな」
「──閉じろ」
瞬間、夢先生の小さな体がぱたりとその場に倒れ伏す。みるみるうちに黒い風景が消えていく。夢先生の異空間隔離能力が解けたのだ。
「な、咲原くん、[傀儡王]を……」
辺りを見回しながら半田が近づいてきたようだ。
「すごいです! あの新乃って人に同調できたんですね」
「ああ、同調さえできてしまえばこっちのもんだ。夢先生はしばらく起きないだろうな」
何せ全力の[傀儡王]の命令を受けたのだ。前後の記憶がなくなっていてもおかしくない。
半田が俺の手を取った。少し汗が滲んでいるが、ひとまず事が片付いたことに安堵したようである。
「やりましたね、咲原くん! 波長が途切れないので、五十嵐さんも、健一朗さんたちも近くにいるはずです」
「そっか」
「一緒に迎えに……え、咲原くん……?」
半田から不審そうな声が上がる。俺は答えない。目の前にいるはずの半田に、どう声をかけたらいいのかわからなかった。
「目が……」
そう、俺は今、目が見えなくなったから。




