第89話「交渉をシヨウ」
「ワタシの目的は復讐であって殺しではナイ。ケド、伏見をローくんに引き渡すのは取引のうち。ま、ワタシにとって、伏見はお姉チャンが死ぬ原因になった男だし、ワタシの復讐が終われバ、あとはどうなってもイイんダヨネ」
俺と半田は絶句していた。まさか今回のことがこんなに複雑に絡み合っているなんて。
思えば、健一朗さんの過去夢で示唆されていた兄の性格は李王という人物と完全に合致していた。五十嵐の父親も然りだ。女を取っ替え引っ替えするろくでなしの男が、そんな身近にごろごろいてたまるかって話である。
そういえば倉伊も、父親がろくでもない男だって言ってたな……そこも繋がるんだ……
っていうか、李王って人ヤバいな。ここまで色んな人から恨まれているなんて……
「でも、だからって、五十嵐も健一朗さんも殺されていいわけじゃない」
半田の言っていた通り、五十嵐は一般人だ。本来なら超能力者ですらない五十嵐はこっち側に関わる必要すらない。
健一朗さんは超能力者を保護する組織を設立した。それは希さんのように能力を隠して生きていかなくてはならない人が少しでも息苦しくないようにするためじゃないか?
「ウン。でも、ワタシは伏見が許せナイ。キミたちがどう思おうと、ワタシはこの復讐をやめるつもりはないヨ」
「健一朗さんをいたぶったところで、お姉さんが亡くなった事実は変わらないじゃないですか」
半田……
「そうダヨ。だから許せないんじゃナイ」
夢先生の目がハイライトを失って、黒い空間の中で開いた瞳孔が黒く黒く、その闇を顕著にする。
半田はその底の知れない恐ろしさにひっと息を飲む。お前は美星さんの一件で学ばなかったのか、と思ったが、そういえば、こいつは「自分が悪いけどもうどうしようもない」って開き直っていた気がする。
こういうときの決まり文句に「故人が悲しむ」というのがあるけれど、あれも今の夢先生には逆効果だろう。死人に口無しだ。それに、夢先生の精神状態は「誰にどう思われようとどうでもいい」というレベルにまである。そこに倫理や道徳を説くのは復讐より無意味だ。
だからといって、知実さんや健一朗さんをみすみす死なせるわけにはいかない。もちろん、五十嵐もだ。
そのとき、画面の向こうから五十嵐の声が聞こえてくる。
「なるほど、あのクソ野郎の血を根絶やしに、か。私も何度そう思ったことか」
五十嵐?
五十嵐の言い方に俺は一抹の不安を覚えたが、次に五十嵐が放ったのは地を這うような低い唸りだ。
「だが、それは私のみならず、弟や場合によっては母にまでその牙が及ぶのだろう? ──そんなこと、許すものか」
そうか。五十嵐の父親の血ってことは、確実に隼人くんも巻き込まれる。李王と正式に婚姻関係にあった五十嵐の母親も、方々から恨まれていてもおかしくない。
倉伊が悲しげな表情をする。五十嵐の言った通りなのだろう。
「だから、君を最初に選んだ」
最高戦力を削れれば、殺しが確実になるから、か。
「死んでやるものか。私には守らねばならないものが山のようにあるのだ」
映像の中で五十嵐が倉伊の背後を一瞬で取る。[瞬間移動]の能力者もびっくりのスピードだ。首を締め上げようとする五十嵐の腕。その間に倉伊は自分の手を入れて難を逃れる。
次の瞬間には倉伊の手は黒い刃に変化し、五十嵐の腕を切り裂こうとする。五十嵐は素早く腕を外したが、少し切り裂かれたらしく、鮮血が舞う。
……と、五十嵐を見ている場合ではない。
半田に同調し、半田と繋がっている波長を辿る。知実さん、健一朗さん、五十嵐、倉伊。よかった、全員分の波長が揃ってる。
俺は集中して強制力を知実さんと健一朗さんの波長にかける。
「佐倉知実、伏見健一朗、起きろ!!」
夢先生の[夢想の支配者]は夢を操るというもの。その能力の対象である夢とは、将来の夢とか、叶えたい願いを表す[夢]ではなく、眠るときに見る[夢]と推測される。過去夢がどうとか言っていたし。
おそらく半田には不発で済んだ[眠れ、子らよ]が発動条件の一つなのだろう。その効果はまず夢を見る前提として必要な[眠り]をもたらすことだと考えられる。
それなら、この能力を強制解除するのに適した命令は[起きろ]だ。
「うーん、お見事。さすが[傀儡王]」
能力が解かれたことを察したのだろう夢先生が言う。が、なんだこの余裕そうな態度は。胸騒ぎがする。
「一発解除とは畏れ入ったヨ。でもネ……それは想定済みなんダ」
止める間もなく、夢先生の唇が能力発動の言葉を唱える。
「眠れ、子らよ」
「っ、寝るな!」
やはり名前なしだと俺の能力が弱まる。普段なら僅かな差だが、夢先生がそれだけ強い能力者ということだ。
先生が艶然と笑む。
「[傀儡王]で能力を解かれるなんて想定内。じゃあ、能力を解かれたらどうすればいいカ。とっても簡単なハナシだヨ。能力をかけ直せばいい」
普通はそんなに冷静な対処はできない。夢先生は相当慣れている。
その論理でいけば、俺がもう一度[傀儡王]をかければいいのだが、能力を解除して、かけ直し、を繰り返していると能力者が消耗するのもそうだが、能力の対象となっている人物の体に負荷がかかりすぎる。
夢先生の強制昏倒は言わずもがな。俺の[傀儡王]は強制力に物を言わせると前後の記憶が吹っ飛ぶレベルだ。何の比喩でもなく、頭がおかしくなる。
そんなのを何度も繰り返すわけにはいかない。夢先生に余裕があるのは眠りが回復を担うことと、夢先生にとって、知実さんと健一朗さんはどうなってもいい存在だからだ。圧倒的に俺たちの分が悪い。
それに、同調を仲介してくれている半田への負担も気にかかる。半田は何も言わないが。
やっぱり、夢先生を制御するのがこの場をなんとかする手っ取り早い方法だ。けど、それができていたら今こんなに困ってない。
そんな俺を見透かしたように、夢先生が声を上げる。
「交渉をシヨウ」
「……交渉?」
明らかにきな臭い。訝しむ俺をよそに夢先生はつらつらと語る。
「さっきも言ったケド、ワタシの目的は復讐であって殺しじゃない。ダカラ、キミたちが退いてくれるナラ、佐倉だけは返すヨ。佐倉は今後の超能力界に必要な存在だし」
「……健一朗さんは?」
「伏見は渡せナイ。じゃないとローくんとの契約違反になるからネ。それに、ローくんが伏見を殺すのはローくんが引き受けた依頼ダ。殺されたくないんだったラ、ローくんを殺すしかないヨ」
倉伊を、殺す……?
その選択肢に皮膚がぞわりと粟立つ。夢先生はなんでもないことのように言うが、この国のこの時代に生きていて、人を殺したことがあったら、それは異常だ。譬悪人でも、殺すという選択肢を採っていいのは司法のみ。それがこの国だ。
でも、相手は世界を股にかけ、男か女かすらも知られていなかった超能力者の殺し屋。殺すという選択肢が常につきまとってきたはずだ。
健一朗さんも助けたい。でも、倉伊を、友達を殺すという選択肢は、俺にはない。
「交渉に乗る必要はありませんよ、咲原くん」
朗々とそう告げたのは、傍らの半田だった。
「私たちにはまだ二人共助けて逃げるって選択肢があるんです。さっさと助けて、脳筋女とずらかりますよ」
「言い方」
でもまあ、そうだ。不可能ではない。
「異空間系の能力者相手に大見得を切るねえ。カッコいいじゃん、部下チャン。それができていたら、今頃キミたちはとっくにずらかれたはずだけどネ」
くっ、夢先生の言う通りである。それを鼻であしらう半田をちらと振り返ると顔色が悪い。やっぱり、難しい同調を維持しながら、強い強制力に充てられ続けるのは苦しいようだ。
俺がなんとかしないと……




