第88話「五十嵐李王って言えばわかる?」
ばちんっ
強制力と強制力が音を立ててぶつかり合った。互角の戦い。半田の一件があってから、俺の強制力は以前より強くなった。五十嵐の強制力に充てられたのだろう、と知実さんが言っていた。
「ふぅん、強いネ、咲原クン」
「先生こそ……よくこれだけの力を隠して生きてきましたね」
「ノンノン。ワタシは隠してなんかないヨ。ただみんなから見たら、本当に異界と交信してるワタシは不思議チャンや電波チャンで片付けられる存在だったってワケ」
なるほど。中二病も超能力を隠すにはむしろ役に立つというわけだ。
「くっ……」
「半田!」
「部下チャンは強制力には弱いネ。同調系の能力者に多い特徴だ。同調系の能力者は同調能力に能力の初期値が割り振られている。場合によっては強制力ごと相手を受け入れる必要がある能力だから、今みたいな強制力対決には向かないだろうネ」
「それって……」
知実さんが学会を通じて超能力界隈に流した超能力者の系統ごとの説明だ。知実さんを嫌っている割に、知識として取り入れることに躊躇いはないんだな。
とりあえず、高説を垂れてくれているうちに俺は半田を物理的に夢先生から引き離す。ただでさえ集中力のいる波長を繋ぐ作業を請け負ってくれているのだ。夢先生の強制力に充てられて、どこか一つでも途切れてしまったら、俺に成す術はない。
夢先生に[傀儡王]が効かないのなら、その他の人物を[傀儡王]でどうにかするしかない。五十嵐は[傀儡王]とかなくても大丈夫そうだけど、世界最強といっても過言ではないであろう超能力者[殺刃鬼]相手だ。で、情けないことに、俺はその[殺刃鬼]倉伊ロデオに[|傀儡王]を一度避けられている。
あちらは俺ではどうにもできなさそうだ。となれば、先にどうにかしなければならないのは知実さんと健一朗さん──
ぱちん
軽快な指の音。俺はばっと顔を夢先生の方に向けた。
「フフフ、咲原クン、ローくんと五十嵐サンのこと気になって仕方ないデショ? いいもの見せてあげル」
夢先生の後方がざらざらとテレビの砂嵐のように揺れる。ノイズを走らせながら、そこにざざ、と映し出されたのは、人間離れ程度では生温いような五十嵐と倉伊の戦いだった。
「これは……」
「[空の街]の能力の一部ダヨ。なんてたって異空間の街を管理する能力だからネ。街の中にいる人が安全かどうか、街が平和かどうか、管理人が確認できないト!」
[空の街]──思っているより相当規模のでかい能力みたいだ。
「マ、ローくんの標的になったのが運の尽きダヨ。カワイソウにネ」
「滅茶苦茶他人事じゃないですか」
画面の中では五十嵐が地面じゃなさそうなところを蹴って飛んだり跳ねたりして倉伊の攻撃をかわしている。地面の概念どこ行った?
「そもそも、なんで五十嵐さんが[殺刃鬼]になんて狙われなきゃならないんですか。彼女は一般人です」
俺の後ろから半田が問う。俺は半田が前に出過ぎないように庇った。
夢先生はまるでいい質問をした子どもを素晴らしいと讃えるような明るい笑顔を浮かべて、ぽん、と手を合わせる。
「よくぞ聞いてくれました。実はローくんが世界を股にかける殺し屋になったのには理由があってネ」
そりゃ、いくら超能力者とはいえ、俺たちと同い年だ。海外とこの国での成人年齢が違うにしても、裏社会でその名を轟かせているくらいだから、殺し屋稼業はかなり幼い頃からやっているのだろう。訳ありじゃない方が不思議だ。
だが、夢先生の出した続く言葉は、想像の斜め上を行った。
「ローくんは死ぬまでに、自分の父親の縁者を一族郎党皆殺しにするって契約で生きてるんダ」
「……は?」
一族郎党皆殺しって……この時代にそんな言葉を使う人が存在するのか。っていうかツッコミどころがありすぎる。
まずその倉伊の父親というのは、日本人の実父のことだろう。それで日本に来る、まではわかる。何故世界中で人殺しをしなければならなくなったのか。というか一族郎党皆殺しにされるレベルの何を倉伊の父はやらかしたというのか。
既に情報過多で俺も半田も唖然としているのだが、夢先生は容赦なく追撃をかける。
「それもローくんの母親の家族からの契約でネ。あの男の血を根絶やしにして、最後はローくんも死ぬって契約。凄まじいデショ?」
待て待て待て!
倉伊は自分が死ぬことまで含めて、殺し屋をやっていると? それは……あの年でどれだけの覚悟を抱えているんだ?
「待ってください。全然五十嵐さんが狙われる理由がわかりません!」
そうだ。倉伊の背負っているものの大きさに気圧されそうだったが、それで何故五十嵐が、て……
そんなの、理由は一つしかないだろ。まさか。
「察しが悪いナア、部下チャン。五十嵐さんがローくんのお父サンの血縁だっていうコトだヨ」
「姪っことか、又従兄弟とか、途方もなく遠い血縁なんでしょう?」
「アッハハ! 姪はどうか知らないケド、従兄弟までは狙わないヨ。本当に察しが悪くて困っちゃうナ~」
夢先生が操作したからなのか、映像の向こうからも音声が聞こえてくる。
「倉伊、どうして私を狙う?」
そのとき、夢先生と画面の向こうの倉伊の声が重なる。
「──リオウ」
俺ははっとした。聞いたことがある名前だ。そう、あれは[憑依霊]のバンシー・クレイアとローザ・クレイアの事件の後だった。
ろくでなし男に引っかかったバンシーがその男との間に儲けたのがローザという子どもだった。そのろくでもない男の名前がリオウ。
それで、事件後、ローザ・クレイア基バンシー・クレイアは[殺刃鬼]によって殺害された……なるほど、[殺刃鬼]である倉伊の目的がリオウの子どもであるローザに向いていたのなら納得のいく話だ。
画面の向こうで、五十嵐は目を見開いていた。五十嵐にはリオウという男の話は聞かせていないはずだが、俺の推測が正しければ……
「五十嵐李王って言えばわかる?」
やっぱり。
半田だけが「いや、私にはさっぱり」という顔をしている。察しが悪いが、まあこいつは五十嵐の家庭事情も知らないからな。
「五十嵐の父親が、倉伊の父親でもあるってことですね?」
「ブラーボ。そのトーリ。もしかして、李王サンのこと知ってた?」
「少しばかり。っていうか、倉伊が日本に来たのは五十嵐のこともあるでしょうけど、[憑依霊]のローザ・クレイアの始末もあったんでしょう?」
「それもなんだけどネ」
夢先生はさらりと告げる。
「五十嵐李王は実家から勘当されてるんダ。そのときに苗字も変えててネ。旧姓は出水。
ワタシの復讐もあるケド、ローくんがワタシに協力してくれたのも、日本に来たのも、伏見健一朗とかいう李王の異母兄弟を始末するためなんダ」




